戦後の日本の物理学研究のなかで素粒子論と並んで世界的水準で展開されてきた不可逆過程の統計力学史を調べることが、本研究の目的であった。第1年度は、主として関連資料の集收と整理を行うこととした。資料のうちで最も重要と思われるものは「物性論研究」誌である。今年度は、この手がきの学術誌を取り据え、初期の頃(40年代)からの論文の整理を行った。当時の日本の研究条件を反映した結果と考えられるが、日本での研究は各々の研究者が独立して自己のアイデアを展開していた。それらのうちには、九大グループ、小林理研グループ、東大グループ、関西グループなどの流れがある。40年代は、主として熱力学から統計力学への動きが見られ、不可逆性の意識が強く研究を支配していたと思われる。ゆらぎに関する確率論的考察はその代表的なものであった。この領域での成果は、世界的水準のものというより、最もオリジナルな研究である。50年代なかば過ぎて、力学理論が支配的となりそれまで重大視された不可逆性の意議が問われなくなっていった。 これらの展開の過程を当時の研究者に直接インタビューして、「聞き書き資料」を作ることもできた。これはしかし未だ、人数が3人にとどまっており、来年度は更に数人の研究者と面接した上で完成させたい。特に、当時の研究者が今日の視点から見直してみると必ずといっていい程大切なアイデアに達しながらもそれを十分育てることなく他の課題に進んでいった点に焦点を当てたい。ここには、日本での科学論・研究方法の特徴があると思われる。 「物性論研究」誌のいくつかの論文を集めて、復刻版を作る準備をした(ワープロ入力化)。
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