これまでにヒトチロシン水酸化酵素(TH)遺伝子の全長約11キロ塩基対を導入したトランスジェニック(Tg)マウスでは、THの発現は正常のマウスに比べて約3倍上昇しているにもかかわらず、脳内ドーパミン量はほとんど変化がないことを見い出している。この原因を明かにするため脳線条体の組織スライスまたは微小透析法を用いたin situおよびin vivoの活性測定を行い、以下の結果を得た。 1)脳内のTHのリン酸化レベルを酵素活性のpH依存性から検討した結果、Tgと正常マウスとの間にリン酸化レベルのちがいは見い出せなかった。 2)スライスを用いたin situ活性ではTgマウスは正常マウスに比べ2.7倍高い酵素活性を示し、in vitroでの値と一致した。 3)線条体スライスの測定系に補酵素のテトラヒドロビオプテリンを加えても、有意な活性の上昇はみられなかった。このことからTgマウスで補酵素が不足しているという可能性は否定される。 4)in vivoでの活性を調べるため、脱炭酸酵素阻害剤存在下に蓄積するドーパを微小透析法によって測定したところ、Tgマウスと正常マウスの間に有意な変化はなかった。また代謝物量にも変化はなかったことから代謝回転の亢進も考えられない。 以上よりTgマウスにおいて脳内ドーパミン量が正常マウスと同程度に抑えられている機構として、ドーパミンによってTHがフィードバック阻害されている可能性が考えられる。 また、TH遺伝子の脳特異的発現に重要と考えられる3′末端側断片0.5キロ塩基対をβ-ガラクトシダーゼ遺伝子に結合したプラスミドDNAの構築は完了したので、今後、THを発現している神経芽細胞ならびにマウス受精卵に導入し、脳特異的発現におよぼす3′末端側断片の意義について細胞および個体レベルで検討していきたい。
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