前年度までの徐冷モンテ・カルロ法によるウシすい臓トリプシンインヒビター(BPTI)の部分ペプチド(残基16〜36)の立体構造予測にひき続き、この方法をアミノ酸残基数34のヒト副甲状腺ホルモン(PTH(1-34))の構造予測に適用した。このホルモンの立体構造については既にNMRを用いた実験により、ペプチド鎖中の二箇所にα-ヘリックス構造が存在することが推定されているので、今回はこの実験的モデルを逆に理論的に検証することを試みた。20回のシミュレーションの結果、実験的モデルと同様に残基2-10と18-22の2箇所にα-ヘリックス構造を持つ最小エネルギー状態が得られた。さらに、一連の計算全体から、次の2つの点において実験結果を裏付ける知見が得られた。(1)N末端側のヘリックスはC末端側のヘリックスよりも安定である。(2)2つのヘリックス領域以外のペプチド・セグメントはフレキシブルであり、一定の構造形成傾向は見られない。以上のように、BPTI(16-36)とPTH(1-34)の立体構造予測において、共通の方法-シミュレーションはランダムに発生させた初期構造から出発して、いかなる実験的及び経験的因子も導入することなく、アミノ酸固有のパラメータとその配列のみに基づいて行う-を用いたにもかかわらず、それぞれ期待された通りのβ-鎖及びα-ヘリックス構造が再現できたことは、使用したアルゴリズムがそれらの構造のいずれにも偏らず、従って完全に非経験的であることを示すものである。その正確性は、例えばPTH(1-34)の二次構造をChou-Fasman法で予測してもα-ヘリックスとβ-鎖構造の判断が明瞭にできないことと比較すれば明らかであろう。現在、徐冷モンテ・カルロ法による計算結果の統計的有意性を確認するために、マルチカノニカル法に基づくエネルギー最小化を同じ問題に適用することを試みている。
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