徐冷モンテ・カルロ法により、ウシすい臓トリプシンインヒビター(BPTI)の部分ペプチド(残基16〜36)立体構造を完全非経験的に予測した。シミュレーションはランダムに発生させた初期構造から出発して、いかなる実験的及び経験的因子も導入することなく、アミノ酸固有のパラメーターとその配列のみに基づいて行った。10^4ステップの徐冷モンテ・カルロ計算からなるエネルギー最小化の試行を20回繰り返した結果、互いによく似た7つのコンホメーションがβ-シート様ループ構造の最低エネルギー状態に収束した。これらの構造は、天然BPTI結晶中における典型的なβ-シート構造と異なり、2本の逆平行に伸びるβ-鎖間に水素結合による架橋を持たなかった。一方、20回の試行中の最小エネルギー構造では鎖の両端が開いてはいるものの、部分的に鎖間の水素結合が存在し、それが構造の安定化に大きく寄与していると思われる。天然蛋白質のX線結晶解析データの対応する部分構造をエネルギー最適化したものは、7回の試行で収束したβ-シート様構造に近く、全試行中の最小エネルギー構造よりも不安定であった。この計算が対象としたペプチドの有機溶媒中における二次元NMR実験からも鎖間の水素結合の存在が否定された。これらの結果から、天然蛋白質のβ-シート構造は単独では局所的極小エネルギー状態に過ぎないことが明らかになった。次に、BPTIの部分ペエプチドに用いた方法を全く同様にアミノ酸残基数34のヒト副甲状腺ホルモンに適用したところ、やはり実験事実とよく一致したα-ヘリックス構造が再現できた。 今回の研究により、徐冷モンテ・カルロ法がペプチドのアミノ酸配列に応じて実験事実と一致した構造を与えたことから、完全非経験的構造予測法としての有効性が実験的に検証できたといってよいであろう。
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