本研究の目的は、人文・社会科学系の学生に、化学の講義や実験を通じて正しい自然科学的思考法を学ばせることにある。具体的には、ものごとを鵜呑みにせず、時には疑問を持ってみる態度を養うことであり、同時にその疑問から生じた幾つかの結果をもとに、自らが総合的に判断する能力を養成することである。化学反応には必ず反応条件が存在している。ある物質の合成に適した条件が全ての反応に適するわけではない。同じグループでも、周囲のグループや原子いかんによって反応性は異なる。また、同じ物質でも反応条件が異なると生成物が異なる場合がある。そこで反応温度、時間、溶媒、濃度等の変化が反応生成物に顕著な変化をおよぼす反応の研究を行なった。そのような化学合成を通じて、一つの結論を他の物に応用するには、充分な検討が必要であることを学生に学ばせることができると考えたからである。具体的にはα-テトラロンおよびβ-テトラロンとハロゲン化銅(II)との反応を研究した。その結果、両者の反応性の相違、ハロゲンの種類や反応温度の変化による生成物の相違等の結果を得ることができた。この反応の変化はTLCを用いて観察することが可能であり、したがって、展開溶媒や発色方法の違いによる分析結果への影響を学ぶことも出来る。講義では、なるべく学生と共に考えるようにした。表や図を表示し、それらからどのようなことが考えられるかを質問あるいは討論させた。この方法は、思考の訓練となると同時に、学生と教師の間に対話が生じ、一体感のある講義が展開できた。また、講義ではなるべく学生に身近な物質、現象を対象とした(繊維、洗う、染める等)。この内容は実験と講義を巧く組み合わせることが可能であり、研究の目的(考える癖の養成、総合的判断力の養成)にあった試みであると考えている。
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