本研究の目的は、他国に類例を見ない戦後日本に固有の賃金決定制度である春闘体制の構造と、1970年代中期以降その体制に生じてきた変化を、制度的・数量的に分析することにある。春闘の全体像を総合的に把握し、70年代中期以降のその変容の意味および春闘の将来を考察することを目的として、本研究では次の分析を行なった。 1.制度的分析。1956年から1989年にいたる春闘体制の興隆・発展・変容のプロセスの全体像を各年の賃金闘争の経済的背景、準備段階、および実力行使・妥結状況の特徴に注意を払いつつ総括的に把握することに努めた。 2.計量経済分析。労働省労政局調べの産業別春季賃上げ妥結額のデータを用いて産業間賃金波及効果の計量経済分析を行なった。なお、当初予定した企業別データの分析は実施途上にあり、今回報告するに至らなかった。 3.以上の制度的・計量経済学的分析の成果を、論文(都留[1992]、Tsuru[1992])にとリまとめ公表した。その骨子は、次の通りである。まず春闘の歴史的展開を振り返り、パターン・セッターによって設定される相場賃金の重要性を確認した。次いで、先行研究の展望から相場賃金の産業間波及を捉える2つの尺度を導きだし、その尺度を導入した賃金関数を計測した。その結果、1967-74年と比較して、1975-89年には産業間賃金波及効果の低下がみられることを明らかにした。こうした産業間賃金波及効果の低下をもたらした経済的要因として、産業間の企業業績の格差が拡大したために、他産業の賃上げを単純に模倣することが困難になったという点を指摘した。また、こうした波及効果の低下が制度的にいかなる含意をもったかを考察し、産業発展の不均等性が拡大する下で、賃金交渉に関わる意思決定を緊密化した金属労協(IMF-JC)と、その他の産業別組合の間で利害のギャップが拡大したという推移を重視した。
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