天然物由来のアミドアルカロイドの質量スペクトルを検討し、新規な二重水素転位反応を発見した。ひきつづき、その(1)生成機構、(2)同様の反応が生じるための構造上の必要条件などについて類縁体を合成して検討した結果、N-アシルラクタム型の化合物の電子イオン化(EI)でアシル部分からラクタム部分への水素2個の転位がかなりの一般性をもって生じることを指摘できた。さらに、(3)測定したスペクトルデータをデータベース化し、上記の転位を経て生じる特徴的なイオンの性質を利用して、GC/MSで混合物のうちからアシルラクタム類のみを抽出して構造解析ができうることを示唆するデータを得た。(4)生成機構研究の途上に、同じ基質のEIスペクトルで観測された別の転位イオンにも着目し、フェニルケテン(ラジカル陽イオン)の気相でのケト-エノール互変異性体の実験研究でケト型の発生源として有効であることを機構的に証明した。(5)生成機構の研究に必要な質量分析の最先端の手法を、転位過程を含むいくつかの場合をモデルとして研究した。(6)Winsteinのコレステリル系の反応研究に端を発しホモ共役など幾多の独創性ある概念の提案に至る例にみられるように、興味ある知見を得るきっかけを天然物のふるまいに求めそれを規範として問題転を掘り下げるに格好の基質を設計合成研究の進展をはかる手法が極めて魅力的に思えることを、本研究課題を萌芽研究として申請する際にもふれた。唯一種の天然物の性質から本研究が芽生えたとなれば、他にも範となりうる反応が発見を待っていることは論を待たない。オドリノン誘導体の質量スペクトルの検討は、アシルラクタム類縁の骨格での新反応発掘の一端と位置づけられよう。 以上(1)〜(6)の観点から研究し、本研究課題に関連して20件余りの国内外での学会発表と若干の論文を刊行できた。得られた成果の詳細は別添報告書冊子のとおりである。
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