ヒトの乳児およびニホンザルが発する音声を超小型マイクロホンとテレメトリーによって記録するシステムを開発し、観察者の干渉のない状態で彼らの自由なコミュニケーション行動を研究した。観察対象にマイクロホンを埋めこんだネックレスないしはハーネスを装着し、音声情報をテレメトリー発信器によってFM発信させ、電波を受信し記録・分析した。生後6ヶ月に充たないヒトの乳児と、その母親との音声相互作用の定量的研究をこころみたところ、従来の説では乳児は生後10ヶ月をすぎてはじめて母親の発活のメロディーパターンを随意的に模倣できるようになるといわれてきたのに対し、もっとも早い場合では生後4ヶ月ですでに柔軟に自己の発声をコントロールし、特定の状況下では母親の発声にマッチングできることが判明した。またこの行為の成立に関し、母親が自らの発声の音の高さをことさら高くし、また抑揚を誇張する、いわゆる「母親語(マザリーズ)」が重要な役割をはたしていることも、分かった。次いでニホンザルの野生下での自由な音声相互作用についての観察を行ったところ、ヒト乳児にみられる模倣の萌芽的形態の行動パターンが、彼らにすでに存在することが判明した。従来言われてきたようにヒト以外の動物の発声は固定的なものであるのではなく 個体の意図によってある程度可望的に変化可能なものなのであると、結論されたヒトの乳児が言語を獲得するためのまず第一歩は 外界から耳にする言語音をまねることにある。その模倣能力が非常によくにた形式でヒト乳児とヒト以外の霊長類によって共有されていることは とりもなおさずそれがわれわれの言語習得の生物学的・進化論的基盤の存在を示唆する証拠につながっているのだと考えられるだろう。
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