薄層クロマトグラフィーと赤外吸収スペクトルによる分析から、Bacteroides fragilisには2種類のスフィンゴリン脂質が存在することが明らかになった。すなわち、一方は極性基部分がエタノールアミンのセラミドホスホリルエタノールアミン(CPE)であり、他方はグリセロールを極性基として持つセラミドホスホリルグリセロール(CPG)である。Bacteroides属の他の菌種についてもスフィンゴリン脂質の分布を検討してみると、多くの菌種が複数種のスフィンゴリン脂質を持っており、CPEとCPGはB.fragilis、B.ovatus、B.uniformis、B.caccae、B.eggerthii、B.thetaiotaomicron、B.stercorisの7菌種で検出された。また、Bacteroides属と近縁のPrevotellaとPorphyromonasにおいてもCPEとCPGが見いだされた。ラット由来の培養細胞であるPC12細胞にBacteroides fragilisのスフィンゴリン脂質(CPEとCPGの混合物)を10μg/mlの濃度で加えて培養すると、細胞の増殖は著しく抑制され、細胞が死滅していく傾向が認められた。また、PC12細胞はジブチリルサイクリックAMPに反応して顕著な神経突起を形成することが知られているが、本細胞をジブチリルサイクリックAMP存在下で、1μg/mlのBacteroides fragilis由来スフィンゴリン脂質を加えて培養すると、対照のスフィンゴリン脂質無添加の場合に比べ、スフィンゴリン脂質存在下では神経突起の形成が著しく阻害された。これらの実験成績は、Bacteroides fragilisのスフィンゴリン脂質が哺乳類細胞の増殖や分化に影響を及ぼすことが出来ることを強く示しており、本脂質が宿主内で病原因子として機能する可能性を強く示唆するものである。
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