コミュニケーション能力養成のための級教科書作成をめざす本研究で、今年度は、母語話者の日本語の分析を完成させ、その結果を教科書の形にまとめることが主要な作業となった。そこで明らかになった点は多岐にわたるが、ここでは例として次の2点を挙げる。【.encircled1.】自然な話し言葉の提供をめざす教科書では、終助詞の導入はなくてはならぬものといえる。しかし同時に、終助詞は対話者の間の親しさを確認する機能をもつ。その程度は個々の終助詞によって異なるが、不適切な場面での使用は、相手に「なれなれしい」という不快感を与える危険がある。そのため、教科書に各終助詞を載せるか否かの判断は、自然さと安全さのどちらを優先させるのが適当か、という選択となる。結局、例えば、下がるイントネーションのヨのうち「いやあ、参りましたヨ」などのボヤキのヨのように、自然な会話では確かに多用されるが、初級段階の学習者の発話には危険と判断して、練習を含めた導入を見送った終助詞もある。【.encircled2.】本教科書は、従来の構造シラバスを基本的には踏襲しつつ機能面の情報を盛り込もうとするものである。当初、機能重視の立場から、明確に設定された場面(例えば「買い物場面」といった)の会話文を掲載する計画だったが、中止した。1つには、初級段階では、場面重視が構造シラバスの方針との宿命的な衝突を起こすことから、ある設定された「発話場面(situation)」で起こり得る会話を提示するという方針に固執せず、場面より小さい単位である「発話状況(spech context)」のモデルを提示する対話だけを掲載することによって、自然さを優先することにしたこと。もう1つには、場面の特定性の影響を受けない。もっと普遍的な機能を遂行する表現を漏らさずに導入するためには、場面シラバスは本質的に不適当であるとの認識に立ち、構造シラバスを基本的編集方針としたことがある。
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