研究概要 |
グルタミン酸は中枢神経系において興奮性神経伝達物質としての機能を果たすとともに、脳神経細胞を破壊する作用を持つ。興奮性アミノ酸と神経細胞死との関係は、脳虚血後の神経細胞死や水難事故などのケースではほぼ確実なものとなっているが、老化に伴う痴呆性症患やその他の神経難病もかなりの程度関わっていると思われる。本研究は神経細胞死を阻止する薬物を自ら検索し、それを用いて神経細胞死の機序に迫ろうとしたものである。今までは代謝調節型グルタミン酸受容体(mGluR)の選択的アゴニストとして、(1S,3R)-ACPDという、その程強力でないアゴニストしか存在しなかったが、L-CCG-I、DCG-IV、cis-MCG-Iなどの新しいmGluRアゴニストが、本研究により新たに見いだされた。ラット脳室内にDCG-IV(100pmoles)を単回適用し、カイニン酸5mg/kgを全身投与すると、神経学的な症状観察では、カイニン酸による中枢興奮作用がある程度軽減するように思えた。カイニン酸の作用を確実に軽減させるために、生体内埋めこみ用浸透圧ポンプにより、DCG-IVをラット側脳室内に持続注入(15hr)しておいて、そこにカイニン酸を2nmoles/rat側脳室に適用して、ラットの症状を観察したところ、痙攣発生を顕著に抑制するケースが認められた。更に、DCG-IVの投与量を変動させて(24-240pmoles/hr)、定量的に実験を行った結果、用量依存性にlimbic seizuresの発生を抑制することが判明した。しかも、極めて低い用量で有効であり、痙攀抑制にほぼ対応して、海馬CA3や扁桃核におけるカイニン酸誘発神経細胞死の発現頻度を有意に低減させた。バルビタールのように、麻酔作用によって意識が喪失するような薬物が、カイニン酸による痙攀や神経細胞死を抑えることは既に判明しているが、意識の低下を伴なわずにカイニン酸の激烈な中枢興奮作用を抑える薬物は、少なくとも現在は極めて稀である。今までのグルタミン酸の生理作用に関する研究は、主として、イオンチャネル型受容体を中心にして行われてきたが、このような作用を持つmGluRアゴニストが出現したことは神経細胞死の今後の研究を進める上で画期的なことである。
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