研究概要 |
単一次元鎖磁石として振る舞う鉄(II)-鉄(III)交互鎖状錯体について分子軌道計算を行ない,電子状態についての理論的な知見を得ることに成功した.本錯体は錯体配位子[Fe(bpca)_2]^+とFe(II)イオンが交互に配列することにより生じた鎖状構造を有する.本錯体において観測された"磁場に対する磁化の遅延現象"は,従来報告されている単一次元鎖磁石とは異なるメカニズムに基づいているため,構成要素となる鉄(III),鉄(II)イオンの電子状態と相互作用のメカニズムについて詳細に検討を行なう必要がある.結晶構造を元にいくつかのレベルにおいて分子軌道計算を行ない,その計算結果について分光学的なデータとの対応から妥当性を検討した後,本系における各スピンキャリアの電子状態の詳細について検討を行なった.その結果,本錯体の磁気異方性の多くはhigh spin Fe(II)のサイトに由来していること,配位環境のひずみを反映して磁気軌道がエネルギー的に分散していることなど実験事実を裏付けする結果を得た.現在相互作用のメカニズムと光誘起による磁化の制御に関して理論的な考察を行なうため,様々な励起状態についての計算に研究範囲を拡大し,電子揺動を記述するための理論的なアプローチを試みているところである. 理論計算に並行して関連する錯体の合成も行い,[M(bpca)_2](Mは二価ないし三価の第一遷移金属イオン)とM'(M'は第一遷移金属イオンないしランタノイド金属イオン)からなる種々の多核錯体の合成,構造の解明,磁化率の測定にも成功した.これらの成果は前述の理論的な考察にもフィードバックされている.
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