有機分子集合体の薄膜中や界面での電子状態の特性を、分子間にはたらく静電分極の寄与を念頭に置いて、集合体の電子物性を支配するエネルギーギャップ直下・直上の価電子・空状態すなわちフロンティア電子状態の電子構造と分子の凝集形態との相関の観点から追究してきた。銅フタロシアニンに電子吸引性の強いフッ素基を導入した場合の薄膜のフロンティア電子構造変化を解明した後、典型的な有機半導体のペンタセン薄膜について、真空蒸着による薄膜調製時の基板温度の違いが膜構造に及ぼす影響とそれに伴う電子構造の相違を詳細に検討した。構造は視斜角入射X線回折法や原子間力顕微鏡で調べ、電子構造はとくに空電子状態について逆光電子分光法と低速電子透過分光法を用いて観測した。その結果、300Kの基板上に得た「薄膜相」の結晶膜より、100Kの基板上に調製した長周期の規則的分子配列が認められず粗い粒子からなる薄膜の方が電子親和力の閾値が大きいこと、ペンタセンのLUMOが導く準位は室温基板膜よりも低温基板膜の方が界面で接する基板のフェルミ準位に近いことが分かった。この結果は、有機薄膜の結晶性の違いが空状態の電子構造の違いを導くことを初めて直接明らかにしたものである。しかし、単純な静電分極効果だけではこれらを説明できず、有機半導体薄膜中の電子輸送について考える上で構造-電子構造相関のより精確な把握の必要性をその事実が示唆している。一方、比較的安定なラジカル分子であるルテニウムフタロシアニンを取り上げて蒸着薄膜を調製し、とくに交換相互作用の観点からその構造とフロンティア電子構造の相関に注目する研究にも着手した。しかし、他のフタロシアニン化合物に比べて構造制御が困難なことに加え、電子構造観測のエネルギー分解能をさらに高める必要のあることが分かり、今後の研究展開に関する要件と処策についての検討を行った。
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