ヒトの話しことばの形態学的基盤である声道の二共鳴管構造の進化について重要な知見を得た。ヒトの成人では、声道を構成する口腔と咽頭腔の長さがほぼ等しい。この二共鳴管構造は、喉頭下降現象による咽頭腔の急速な伸長によっており、9歳までに成人なみ構造が発達する。この構造は、ヒト系統で喉頭下降現象が出現し、進化したと考えられてきた。昨年に引き続き、京都大学霊長類研究所飼育のチンパンジー幼児3個体を対象に、定期的に磁気共鳴画像法を用いて頭部矢状断層画像を撮像し、おおよそヒトの9歳にあたる5歳までの資料を得た。それらを比較分析し、チンパンジーでは、咽頭腔の伸長はヒトと同様であるのに対して、口腔の伸長はヒトに比べてひじょうに大きいことを明らかにした。これは、チンパンジーでもヒトと同様の喉頭下降が起きていることを示している。これまでヒト特有と考えられてきた喉頭下降現象はヒトとチンパンジーの共通祖先ではすでに現れており、声道の二共鳴管構造はヒト系統で顔面が平坦化し、口腔の成長が鈍化してその長さが短縮したことによって進化したことを示唆した。これらの成果をまとめた論文は、すでに海外学術雑誌に受理された。また、同研究所飼育のニホンザル6個体を対象に、半縦断的に0から2歳9ヶ月までの同様の資料を得て、同様の比較分析を行った。この予備的分析の結果、ニホンザルではヒトやチンパンジーなどに見られる急速な咽頭腔の伸長、すなわち喉頭下降現象がないことが示唆された。これは、喉頭下降現象がヒト上科で起源したとする進化仮説を支持する。一方、音声器官の運動を随意に制御する神経解剖学的基盤の系統間変異を分析するための非侵襲的技術について、国内、海外共同研究者とともに検討した。また、霊長類9科47種の口腔容量の分析を行い、期待される神経解剖学的研究成果の分析のための基礎資料を得た。
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