ヒトの話しことばの進化に大きな影響を与えた声道の二共鳴管構造の進化史に関する理解を深める新たな知見を得た。ヒトの成人では、声道を構成する口腔と咽頭腔の長さがほぼ等しい。この二共鳴管構造は、喉頭下降現象による乳幼児期の咽頭腔の急速な伸長と、幼児期以降の口腔の伸長鈍化によっている。報告者らは、すでに、チンパンジーにもヒトと同様の喉頭下降現象を報告した。本年度は、チンパンジーに加え、ニホンザル6個体を定期的に磁気共鳴画像法を用いて撮像し、そこで得られた頭部矢状断層画像をもとにその声道形状の発達変化をヒトおよびチンパンジーのものと比較分析した。ニホンザルでは、喉頭下降現象を構成する舌骨の口蓋に対する下降が認められるが、ヒトやチンパンジーと異なり喉頭の舌骨に対する下降が認められなかった。一方、口腔の伸長は、ヒトと異なり、チンパンジーと同様に生後一様な伸長がみられた。これらの結果から、声道の二共鳴管構造は、少なくとも狭鼻猿の共通祖先で舌骨の口蓋に対する下降が、ヒトとチンパンジー(おそらく現生類人猿)の共通祖先で喉頭の舌骨に対する下降が現れて喉頭下降現象が完成し、次に、ヒト系統で顔面が平坦になり口腔の伸長が鈍化したことによって完成したという進化プロセスが示唆された。この成果をまとめた論文を海外学術雑誌に投稿した。一方で、音声器官の運動を随意に制御する神経解剖学的基盤の系統問変異を分析するための非侵襲的技術について、国内、海外共同研究者とともに以後の技術的課題を検討整理した。今後、それらの課題を克服し、本技術の応用を実現する予定である。これまでの3年間の研究成果を含めて、形態学的、神経解剖学的視点から検討した話しことばの起源に関する総説論文をまとめ、今夏出版される英文学術図書に寄稿した。
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