陸上植物の中には、植食者に食害を受けたとき、SOSシグナルと呼ばれる独特のにおいを発し、植食者の天敵を誘引して、効率的に植食者を駆除するものがある。このSOSシグナルシステムは、植物と、植食者の双方に利益があるため、それら二者の共進化によって生まれたと考えられる。しかし、このようなシグナルシステムが共進化の結果、安定に存続するためには、シグナルは、何らかのコストを伴うものでなくてはならない。なぜならば、コストが無い場合には、食害を受けていないのにも関わらず、シグナルを出して植食者の点滴を誘引する「嘘つき」突然変異体が野生型に比較して有利になり、植物集団中で広がってしまうからである。それにも関わらず、SOSシグナルの生理的コストは、これまで過去の研究において、実験で見つけることができなかった。本年度は、生理的コストの代わりに、「生態的コスト」がシグナルの進化的安定性を維持しているという仮説をたて、その妥当性を数理モデルの解析によって調べた。解析の結果、生態的コストがあれば、生理的コストが無くても、SOSシグナルが安定に維持され、「嘘つき」の侵入を防ぐことができることが分かった。しかし、生態的コストがSOSシグナルの安定性に寄与する一方、生態的コストが大きいほど、「嘘つき」が侵入しやすいという逆説的で興味深い結果が得られた。すなわち、SOSシグナルの進化のためには、生態的コストは、「必要だが、小さいほど良い」ということになる。このような結果は、生理的コストからは生じない、生態的コストに特有のものであり、本研究領域に新しい知見をもたらすものである。これらの研究は、8月中旬から10月末にかけてオランダのアムステルダム大学に滞在し、同大学のM.Sabelis教授と共同して行った。成果は、投稿論文に執筆中である。また、カナダの国際生態学会においては、前年度の研究成果を発表した。
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