ニカラグアのホエザル及びカメルーンのオオハナジログエノンを対象に、他者の注意理解に関する野外行動実験を行った。ホエザルの調査地であるオメテペ島では、ヒトとホエザルの関係はニュートラルな同所的共存である。調査を行った2つの森のうち、一方の森に生息する群れでは過去に科学調査のための麻酔銃を経験しており、他方の森に生息する群れでは麻酔銃を経験していない。このように、基本的関係がニュートラルであるヒトが、ホエザルにとって一時的に脅威の対象となるような場面において、サルがヒトの注意の状態をどのように読み取っているのか、またそれは過去の経験(麻酔銃の経験あり、なし)に左右されるか、を検討した。それぞれの森において、ヒトのアクターが鉄砲のような形の物体を持ってサルを見つめる条件(鉄砲条件)と、持たずにサルを見つめる条件(無鉄砲条件)のそれぞれについて、サルが樹上の一箇所に留まる時間を計測した。この結果、過去に麻酔銃を経験した群れでは、鉄砲条件のほうが無鉄砲条件よりも樹上の一箇所に滞在する時間が短かく、過去に麻酔銃を経験していない群れでは、条件間で差がなかった。つまり、鉄砲型の麻酔を経験した群れでは、同じ「サルを注視する」というアクターの行動が、鉄砲がある条件とない条件において異なる反応を誘発したといえるが、これは、同じ「注視」という行動が文脈によって異なる会的意味をもつことをサルが理解していることを示唆する。一方、銃による野生動物の狩猟が日常的に行われており、森に生息する霊長類にとってヒトが捕食者であるカメルーンにおいて、主な狩猟対象であるオオハナジログエノンについて同様の調査を行ったところ、ホエザルの2つの森のうち、麻酔銃の経験のあるほうの森における結果と対応する行動がみられた。このことは、同じの注意条件が、その種のおかれている生態学的文脈によって異なる社会的意味をもつことを示唆する。
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