メインテーマのうち、社会的知性について、フサオマキザルの道具使用場面における仕会的表象操作に関する実験を行った。これは、マキャベリ的知性仮説で扱われている二種類の知性について、その進化の生態学的基盤を野外実験により考察するという本研究の大枠のうち、社会的知性の部分について、社会構成の異なる複数の霊長類を対象に実施中の種比較の一環として行ったものである。ここで、とくに道具使用場面における社会的表象操作を取り上げた理由として、物理的知性との対比が容易であること、また、物理的知性の側面を一定化したときの社会的知性の変化をみるといったような、知性のある側面の抽出が可能であることが挙げられる。 自発的に道具使用を行う一群の半野生フサオマキザルについて、色、平らさ、固さ、大きさ、重さといった物質的特性が均一な敷石とハンマーのセットを、サルがよく利用する公園の一角に配置し、ナッツ割りサイトを訪れるサルが、単独でひとセットまたはふたセットの道具を独占して使う場合と、複数のサルがそれぞれひとセットずつの道具を並行して使う場合とで、道具の選択行動に差があるか、また、社会的順位や道具の位置がどのように道具の選択行動に関係するかを調べた。これは、道具の物理的特性が一定のとき、それを使う個体が自分だけの場合と他者と共有する場合とで、心的に表象される道具の社会的価値が異なるかどうかを調べたものである。この結果、物理的には同じ道具であるにも関わらず、同じ場で道具使用をしている個体が他にいるかいないかによって、自分が使用している道具の社会的価値が変化すること、また、このことは社会的順位と関係があることが示唆された。この結果を、これまでに得られた他の霊長類のデータと比較し、系統発生の縦軸と菜食形態・社会構成の横軸からなるマトリックスにあてはめて、物理的及び社会的表象の進化モデルを構築した。
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