研究概要 |
私たち多細胞生物の体は、上皮細胞という恒常的に極性を有する細胞と、極性を有しない間葉細胞から構成されている。浸潤性の癌などにおいては悪性化に伴い、上皮細胞が間葉状細胞に変化することが知られている。まず、研究代表者は、乳腺由来のマウスの培養上皮細胞にSnailと言う転写因子を発現させ、極性を喪失した間葉細胞に変換する系を立ち上げた(Ikenouchi et al.,J.Cell Sci. 2003)上皮細胞と間葉細胞の比較を通して、正常な上皮細胞とは何かを明らかにしていくという観点から、具体的には上皮細胞および間葉細胞に発現する遺伝子を網羅的に比較することにより、上皮細胞に固有に存在する細胞接着装置(タイトジャンクション)の構成因子を同定することを試みた。その結果、新規4回膜貫通タンパク質である、トリセルリンを同定することに成功した(Ikenouchi et al.,J.Cell Biol. 2005)。さらに、このトリセルリンについて詳細な細胞生物学的な解析を加え、現在、投稿準備中である。また、研究代表者らは遺伝子操作によりタイトジャンクションに局在する細胞質タンパク質であるZO-1およびZO-2の発現を消失させた上皮細胞を作出した。この細胞において、タイトジャンクションは全く認められなかった。(Umeda Ikenouchi et al., Cell. 2006;Ikenouchi et al.,J.Cell Biol. 2007)。タイトジャンクションは、アピカル膜およびバソラテラル膜の分離を行う細胞接着装置として考えられてきたにもかかわらず、タイトジャンクションをもたない上皮細胞の細胞極性は正常で、アピカル膜およびバソラテラル膜の膜タンパク質の非対称な分布も保たれていた。この発見は、細胞生物学で長らく信じられてきた、タイトジャンクションが膜タンパク質の非対称な分布の形成・維持に必要な構造であるという定説を覆すことになった。(706字)
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