潜水に伴い心・血管系に機能的な変化が起こる鯨類では、大量の血液が通過する肝循環に独自の進化があると考えられた。本研究では、特に類洞の微小循環調節に関わるとされる肝星細胞(HSC)に着目した組織学的研究を行い、以下の成績を得た。 調べた動物はハクジラ亜目のコビレゴンドウ(Globicephala macrorhynchus)21頭とハンドウイルカ(Tursiops truncatus)7頭である。両鯨類のHSCは、筋細胞の中間径細糸であるDesminおよび筋細胞の収縮蛋白である平滑筋actin(SM-actin)を強発現した。またSM-actin陽性HSCは対の収縮蛋白である平滑筋myosinを共発現したことから、収縮能を持つ可能性が考えられた。特筆すべきは、これらのHSCが陸棲哺乳類の知見と相反し小葉中心帯に偏在していたことである。これは潜水応答により発生する徐脈と関連があると考えられ、HSCは収縮蛋白や細胞外基質産生を駆使し、過剰な類洞の拡張を押さえ肝細胞障害を防いでいると考えられた。HSCの収縮には神経性とホルモン性の両因子が関わるが、両鯨類ではアミン作動性交感神経の積極的な分布が肝小葉内に見られず、神経因子の関わる比重は少ないと考えられた。ホルモン性因子として類洞内皮細胞の産生するエンドセリン-1が上げられたが、抗体の交差性の問題からHSC上のエンドセリン受容体の検出は成功せず、今後の課題として残った。また、SM-actin陽性HSCは活性化型HSCであると考えられたため、HSCの活性化に関わるTGF-βの検出を行ったが成功に至らず、産生細胞であるKupffer細胞との関わりについても今後の課題として残った。また、ハンドウイルカではアミン作動性神経に支配された筋性終末門脈枝もまた肝小葉内へ流入する血液量が制限することで肝循環に関与すると考えられた。
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