本年度における本研究の実績は、別紙に記した掲載予定の小論一本のみではあるものの、これは本研究の採る手法の斬新さゆえ、困難だが入念な下準備が必要であったためである。 従来、人類学的な手法による途上国を対象とした事例研究とは、対象社会の固有性に強い焦点を当てつつも、聞き取りを主とした共時代的な分析にとどまり、歴史性に欠くものであった。一方、書かれた資料を重視する歴史学的アプローチでは、本研究のような途上国周縁農村を対象とする際には、大きな困難が生じ、これは緻密な現地聞き取り調査にもとづきながら、近年注目されてきたオーラル・ヒストリーなどの成果に絡めて論じられなければならない。このように、人類学的事例研究に、本研究は歴史学的作業を組み込もうとしたために、資料収集・聞き取りのやり直しなど、再セットアップの一年であった。しかしそれゆえに、きわめて意義深い学的展開の糸口が得られたと確信する。 本研究の対象とするグァテマラの先住民村落には、1930年代、米国人類学者による大がかりな地域研究が展開された。これは二十世紀後半のとりわけ米国人類学的調査の原型をつくりだすとともに、後年、合衆国がベトナム戦争や80年代グァテマラ内戦などにおける国家治安維持オペレーションにおける青写真にも影響した。また、この調査からの成果は、学的には今日でも第三世界研究において多く引用されるモラル・エコノミー論争の原型を誕生させることともなった。本研究が本年度取り組んできた作業は、こうした極めて意義深い先進国(合衆国)社会科学の草創にかかわる瞬間を、現地調査の中から見いだそうとするものであり、来年度への豊穣な研究テーマを数多く浮かび上がらせるものであったと位置づけられる。その学的展開の見取り図のようなものが、本年度業績の小論である。
|