分子やクラスターの平衡構造(EQ)は、ポテンシャル面(PES)上のエネルギー極小点に相当し、EQ同士(異性体同士)は、遷移状態(TS)を経由する反応経路のネットワークで結ばれている。従って、構造および反応は、量子化学計算に基づくPES上のEQとTSを系統探索することによって解析または予測することができる。EQとTSは反応経路で結ばれているため、反応経路ネットワークを辿って探索するのが最も効率が良いと考えられるが、EQからTSへと反応経路に沿ってPESを上る手法が存在しなかったため、これらの自動的な系統探索には膨大な計算時間が必要であった。本研究ではこの問題を解決し、反応経路ネットワークを辿って自動的な系統探索を行うことのできる計算プログラムの開発に成功した。前年度までは、10原子程度までの系のPESの全面探索を報告してきたが、今年度は、20〜30原子程度からなるクラスターへの応用を進めた。炭素クラスターへの応用においては、二十量体について、大環状構造とフラーレン構造の問の多段階経路を明らかにし、その経路上のエネルギープロファイルの特徴から、レーザー蒸発法などの高温条件で二十量体を生成したときに、フラーレン構造ができにくい原因について新解釈を示すことができた。水八量体への応用では、本手法で得られた膨大な数の局所平衡構造の情報を用いた熱力学シミュレーションを行い、水八量体の構造転移温度を得た。既存の方法では、効率よくEQを探索することができなかったため、転移温度については簡便なモデルポテンシャルを用いた解析しか行えなかったが、本手法は非常に効率よく探索できるため、高精度な量子化学計算に基づく転移温度を得ることができた。一方、本手法は簡便なモデルポテンシャルが利用できない複雑な水素結合クラスターへも応用できるため、水素結合系の構造解明において非常に有用であると考えられる。
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