テラヘルツ時間領域分光法(THz-TDS)を用いて、溶液、生体高分子、結晶の複素誘電率を測定し、そのダイナミクスを調べている。前年度、既存のTHz-TDSの装置全体をゲージで囲い、乾燥空気置換することでTHz領域に観られる水の吸収の効果を除去し、データの精度を向上させることができた。これにより定量的な議論に耐えうるデータの領域を10cm^<-1>から85cm^<-1>に拡張することができた。本年度は、特に無極性溶媒中における極性溶質を用いた溶液のテラヘルツスペクトルの研究を行った。溶媒としては、四塩化炭素、シクロヘキサン、またn-アルカン類を用いた。溶質としては、ニトロベンゼン、クロロベンゼン、ベンゾニトリル、ピリジンなどの有極性のベンゼン置換体またはそれに類するものを選んだ。参考のため、ヘキサメチルベンゼンなどの無極性の溶質を用いた場合についても測定を行った。有極性溶質の場合、消衰係数は波数とともに減少するが、無極性溶質の場合は消衰係数が有極性の場合よりも1桁以上小さく、また波数とともに増加する傾向が見られた。前年度までは、消衰係数の波数依存性について、系における全双極子モーメントの配向の時間相関関数に対してモデル関数を仮定し、解析を行ってきたが、吸収係数で表示すると、40〜60cm^<-1>付近のブロードなバンドが明確に観測される。そこで、波数に対して吸収係数表示を行い、双極子モーメントの時間相関関数に対してモデル関数を仮定し、解析を行ったところ、流体力学的な配向緩和の成分に加えて、過減衰的な成分または速い緩和、さらに振動減衰の成分が存在することが示唆された。第二の成分は溶媒分子との衝突により誘起された緩和であり、また振動減衰は溶質と溶媒問相互作用による溶質分子のライブレーションであると推察している。以上の結果はヨーロッパで行われた二つの国際会議で発表し、またJournal of Non-Crystalline Solidsに論文の掲載が決まった。
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