これまでに本研究課題では、染色体異常を持たない胚性幹細胞(ES細胞)がなぜ癌細胞に匹敵する高い増殖能を有するのかという疑問に答えるために、その分子機構を解明することを目的としてきた。初年度および2年目の研究において、ES細胞特異的に発現する癌遺伝子ERasがPhosphoinositide 3-kinase (PI3 kinase)経路を恒常的に活性化することにより、その高い増殖能を促進していることを見出した。 最終年である今年度は、ES細胞においてPI3 kinase経路は増殖だけでなく、ES細胞のもうひとつの特徴であるあらゆる細胞系譜に分化できる能力(分化多能性)の維持に重要な役割を果たしていることを見出した。具体的な分子機構としては、PI3 kianse経路はその下流因子であるリン酸化酵素Aktの活性化を介してmTOR (mammalian target of rapamycin)を活性化する。mTORの活性化がES細胞の増殖に必須であることは当研究室において証明した。一方で、PI3 kinase経路は分化多能性維持に必須の因子である転写因子Nanogの発現を制御していることがわかった。これまでの実験結果により、Wntシグナル経路とのクロストークも示唆されるが詳細については今後の検討が必要であると考えている。 ES細胞の分化多能性維持と増殖の相関関係を証明した成果は報告されておらず、本研究の成果により、新たな可能性が提案できたと考えている。
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