本研究は、核多角体病ウイルス(NPV)の宿主域決定の分子機構を理解することを目的としている。マイマイガ由来のLd652Y細胞において増殖可能なLdMNPVのゲノムに特異的にコードされるHRF-1は、Ld652Y細胞においては増殖不可能なAutographa californica MNPV (AcMNPV)の増殖を促進する因子として同定された。本研究では、AcMNPV以外のNPVのLd652Y細胞における増殖もHRF-1によって促進されるか否かを調べた。 まず、hrf-1を挿入した組換えHypnantria cunea NPV (HycuNPV)と野生型HycuNPVのLd652Y細胞における増殖を比較した。その結果、野生型HycuNPV感染Ld652Y細胞は、抗ウイルス応答である全タンパク質合成停止を誘導し、子孫ウイルスを全く産生しないのに対し、hrf-1を挿入した組換えHycuNPV感染Ld652Y細胞は、子孫ウイルスを産生することが示された。さらに、HRF-1発現Ld652Y細胞における各種NPVの増殖を調べた結果、Ld652Y細胞においてウイルスDNA複製後にウイルス増殖サイクルが停止するBombyx mori NPV (BmNPV)とSpodoptera exigua MNPV (SeMNPV)のLd652Y細胞における増殖もHRF-1によって促進されることが示された。以上の結果は、Ld652Y細胞におけるNPVの増殖を制限する主要な要因は全タンパク質合成停止であること、および全タンパク質合成停止の排除に関わるHRF-1は、NPVのLd652Y細胞における増殖に必須なウイルス因子であることを示す。現在、HRF-1の作用機構を明らかにするために、HRF-1の細胞内局在の解析ならびにHRF-1と相互作用する細胞因子の同定を行っている。
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