遺跡から出土したガン亜科鳥類の古代DNAを利用した種や家畜個体の同定法の確立、および時代間の遺伝的多様性や窒素と炭素の安定同位体比の変化の解明をテーマに研究をおこなった。遺跡試料の種同定用のプライマーは、Barnes et al. (2000)に従って作成した。汐留遺跡(東京都港区・江戸時代)および羽根尾遺跡(神奈川県小田原市・縄文時代前期)から出土したガン亜科の上腕骨と足根中足骨を対象にDNA解析をおこなった結果、汐留遺跡のガン亜科遺体中には、ヒシクイ(Anser fabalis)、マガン(A.albifrons)、ハクガン(A.caerulescens)の骨が含まれていることが明らかになった。これまでのところ、一般的なガチョウの原種であるサカツラガン(A.cygnoides)やハイイロガン(A.anser)の骨は確認されておらず、当遺跡ではガチョウの利用がなかったか、あるいは非常に少なかったことが示唆された。また、これらの試料の窒素の安定同位体比は、北アメリカに生息するハクガンで確認された値と類似した値であった。ヒトによる飼育が長期間にわたった場合には窒素の安定同位体比の上昇などが予想されるが、このような傾向は認められなかった。羽根尾遺跡の試料については、塩基配列を決定できなかった。これは、外見の保存状態は非常に良好であるものの、約6500年前と試料の年代が古く、DNAの断片化が進んでいることによると考えられる。現生のマガンを対象としたDNA解析では、渡りの際の中継地である北海道宮島沼で採集された羽毛を主に利用し、現在の遺伝的多様性の評価を試みた。その結果、現在宮島沼を利用しているマガンには比較的高い遺伝的多様性があり、また、イギリスやアイルランド、北アメリカなどで繁殖する亜種と類似した塩基配列を持つ個体が含まれることが明らかになった。
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