本研究は脂溶性側鎖を導入した1次元金属錯体鎖を、結晶中では困難な動的な形態制御によって錯体物性の変換を目指すものである。 本年度はアゾベンゼンを長鎖アルキルの側鎖中に導入した脂溶性Fe(II)トリアゾール錯体を合成し、その構造と集合構造、および異性化による構造変化について検討した。この錯体は溶液中で流動性を失いゲル化するが、紫外光を照射して生じるシス体では流動化し、可視光を照射してトランス体に戻すと再びゲル化した。この変化は繰り返し光を照射することで可逆に起こった。AFM観察によりこれらの1次元鎖の配列を観察すると、トランス体では平行に配列するのに対し、シス体ではランダムな粒状構造が観測された。また、溶液の吸収スペクトルから、トランス体ではアゾベンゼン部位のH会合に由来する吸収の短波長シフトが見られたが、異性化を経由するとランダム構造に変化した。これらの結果は、1次元鎖がトランス体では直線状の剛直な構造で集合化するのに対し、シス体では1本1本が柔軟になり、分散することを示唆する。また可逆応答から、異性化を経ても1次元錯体鎖の断片化などは起こらず、形態と集合構造だけが可変であることがわかった。 また、この錯体は無溶媒状態でも光照射によってトランス・シス異性化が効率よく起こり、トランス・シスの構造の違いで磁気的挙動が変化することがわかった。以上の結果は、1次元錯体鎖を、分子レベル、1次元鎖1本とその集合構造、さらにマクロなμmサイズと、各階層において構造制御できることを示している。 今後これらの知見を元に、1次元鎖の回転、配列・ランダム化といった、従来にない錯体配列の光制御を行い、錯体部分の1次元性による異方的効果(導電性や磁気異方性、励起エネルギー移動など)に関する物性との関連から機能開発を行う。
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