本年度は、「ヌナブト準州民」という用語について、準州における諸政策立案過程においてそれが使用されてきた歴史的事実の確認をするとともに、「ヌナブト準州民」アイデンティティの形成について、アイデンティティ形成に深く関わる言語教育に注目し、その歴史的展開と現状を明らかにし、その特質について考察した。 前者については、現地での歴史的資料や州議会での議事録の収集を行い、「ヌナブト準州民」という用語がいつから、どこで使用されてきたかを明らかにすることを試みた。現在までの資料分析の過程においては、「ヌナブト準州民」という用語は、ヌナブト準州第一回州議会から使用されてきたことが確認できた段階にある。今後は、ヌナブト準州成立過程に関する資料についても詳細に分析し、そのような用語が使用されてきたのかどうか、また、どのような議論の文脈において使用されるようになったのか、その位置づけについて明らかにしたい。 後者については、国家語習得を主目的とした言語教育政策が採用されてきたものの、準州成立後は、バイリンガル社会の構築を標榜した(イヌイット語と英語による)バイリンガル教育が重視されており、イヌイット語教育と同様、国家語教育も重視されていることが明らかになった。そこでは、イヌイットとしてのアイデンティティ形成に欠かせない要素としてイヌイット語の習得が重要視される一方で、準州における経済的・社会的活動の促進や発展においては国家語習得も重要視されていることがその特質として明らかになった。これらのバイリンガル教育の実施が、「ヌナブト準州民」アイデンティティ形成にどのように影響を与えているのか、今後明らかにしたいと考えている。
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