多くの文献を読むことによってパターナリズム論の理論的展開を把握した。さらにパターナルな関係が問題とされる応用研究の動向を把握した。とくに医師と行政に対する応用研究の動向に注目し、かつ調査対象者に接触をはかり、次年目以降の調査実施に向けて万全の準備態勢を整えた。 医師と患者の関係については、いくつかの調査データがある。それらの回答結果によると現在多くの医師がインフォームドコンセントに基づく患者の意思決定を重視している。ただし、インタビューをおこなった数人の医師が語るところによると、患者の意思は必ずしも一貫するものでなく、病状の度合いや時期によって大きく揺れ動くとのことである。そうした意思の揺れと向き合いながら治療をおこなわねばならない。医師は単に医学的治療をおこなうだけでなく、患者の心の動きに配慮しなければならない。ある一時点においては患者の意思に反することもあり得ながら、総体においては患者の意思を尊重しなければならないという難しさに医師は直面している。 行政についても、現在多くの行政職員が住民の意思を重視している。ただし、住民は一枚岩でない。ある政策事案について住民Aと住民Bの意思は大きく異なる場合がある。その場合、A・Bともに納得する収束点を求めて意思疎通を図らねばならない。行政職員は住民A・Bどちらかでなく、A・Bを含めた住民の総体に配慮して住民の意思を尊重することの難しさに直面している。 パターナリズム批判は相手方の意思を尊重しないことの批判であるが、パターナルな関係を放棄することは相手方の意思を尊重することにならない。知識と情報を多く持つ者が相手側に対して過分の配慮をおこなうよう心掛けねばならない。そこに必要なのが責任感にあらわれる配慮の意識である。本年(1年目)は上記のような生の声を知ることができた。次年目以降の研究に資する知見である。
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