本年度は、11・12世紀西欧における文書史料の多機能性を解明するために、修道院カルチュレールにおける「過去の管理」の背景を教会政策に注目して考察した。サン・シプリアン修道院のカルチュレールの場合、「過去の管理」は世俗的領主支配からの自由、修道院縁起などにみられる司教権の尊重を特徴とする。これは、修道院改革における自らの姿勢と修道院財産の管理への配慮、すなわち、11世紀半ば以降、グレゴリウス改革を支持する一方で、クリュニーの勢力伸張に抵抗したサン・シプリアン修道院の独自の改革方針と、聖俗両支配権を掌握するポワチエ司教に依存した修道院所領の保全策を反映している。ここから、「過去の管理」を通じてアイデンティティの拠り所を提供する記憶機能と、財産管理に貢献する実務機能をカルチュレールに指摘することができる。この知見は論文にまとめる一方で、一部を5月に開催された日本西洋史学会において発表した。 6・7月にフランスに赴き、パリ大学のL・モレル教授、ボルドー大学のF・レネ教授のもとで研究報告を行った。パリでは国立図書館、ポワチエではヴィエンヌ県文書館、市図書館において、サン・シプリアン修道院関連の史料を追加収集した。県文書館と市図書館で存在が確認された未刊行の証書や行政文書、図像史料については、レネ教授同行のもとで史料調査を進めた。今回発見した史料の大半は中世後期・近世の作だったが、これらをもとに今まで知られていなかったサン・シプリアン修道院史をまとめた。 カルチュレール研究も射程にいれた西欧中世史料論研究会(九州大学)に参加し、9月には「修道院カルチュレール史料論」という共通テーマのもとで、2で行った史料調査の結果を報告した。そこでは、ポワトゥ地方における伯・司教・修道院の関係の推移をもとに、11・12世紀のサン・シプリアン修道院にみられる歴史と過去認識との差異を指摘した。
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