中世後期・近世ドイツの犯罪の社会史研究とドイツ学術振興会の研究プロジェクト「公的刑法の成立」に関する研究成果を整理・分析し、『史学雑誌』第114篇第9号に発表した。 ビーレフェルト大学(ドイツ連邦共和国)に研究滞在し、その間、近世ドイツの「ポリツァイ」に関わる史料、具体的にはポリツァイ条令、ポリツァイ条令違反に関する裁判文書、ポリツァイ条令の運用を担う現場官吏の報告書を収集・分析し、近世ドイツにおける「社会的規律化」の具体像を検討した。 その結果、犯罪の社会史研究にたずさわる研究者がこれまで指摘してきたように、規範と現実の差異、すなわち書かれた法令と裁判実務との乖離が明らかとなった。このような乖離が生じた要因の1つとして、官僚制度の最末端でポリツァイの実務を担う下級官吏が、地域住民、しかも貧しい住民から選抜された「素人」であり、それゆえ名望家を中心とした地域社会のネットワーク=シガラミから、当然自由ではなく、したがって下級官吏は統治権力の代理人として機能しなかったことがあげられる。 しかし以上から、犯罪の社会史研究にたずさわる研究者のように、近世におけるポリツァイ条令の現実的通用を完全に疑問視することは問題であることが明らかとなった。なぜなら現場官吏の報告書は、法令を通じた威嚇の効果を完全には否定していないからである。
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