20世紀初頭に黒人の教育機関タスキーギ学院(アラバマ州)校長ブッカー・T・ワシントンが中心となり設立した「全国黒人実業連盟」に数多く参加したアフリカ系アメリカ人実業家男女のアイデンティティを、連盟の議事録を中心として収集し分析することによって、以下の知見を得ることができた。 黒人男性実業家に重要視された自己イメージは、「ぼろから富へ」の社会的上昇であり、中産階級的地位の確立であった。地位を保証するものとして、彼らは「生産者的美徳」、すなわち禁欲・節制・勤勉を通じた経済的自立の獲得を「男らしさ」として称揚した。彼らは、生産者的な美徳の発揮を通じてアメリカの白人中産階級と同様の地位と道徳性を達成した存在として自己を表象することを通じ、アメリカ社会における地位獲得を目指した。その背景には、経済的独立を達成することを「男らしさ」として尊ぶアメリカ文化への順応ぶりを示すことによって、白人中産階級男性市民と対等の地位を得ようとする彼らの戦略があり、ここにはアメリカを個人の機会と平等の国であると信じるナショナリズムが介在していた。 だがこのような戦略が、「一枚岩の黒人コミュニティの団結と向上」という彼ら黒人男性実業家の主張とは裏腹に、黒人コミュニティの分裂をもたらした。生産者的な美徳を体現したがゆえに実業家になりえたという彼らの自己イメージは、実業家層に上昇できない黒人大衆を「男らしく生産活動に従事する」よりも「浪費の快楽に耽溺する」存在として描くことを促した。結果として、黒人労働者階級特有の利害関心は無視・否定されることとなった。 加えて、連盟に多く参加していた黒人女性実業家会員を「黒人全体の向上に貢献する存在」として是認しながらも、「男らしい実業家」としての黒人男性会員の自己イメージは、女性実業家の地位を周縁化することになり、男女間の同盟を困難にいたらしめたのである。
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