報告者は、受入先機関の北海道大学図書館をはじめとする日本国内での資料収集を行い、また、2006年9月末から10月初めの3週間にかけてアメリカ合衆国の連邦議会図書館・インディアナ歴史協会資料室・シカゴ歴史協会資料室で19世紀末から20世紀初頭にかけての黒人実業家・活動家・知識人らに関する未刊行史料を中心とした史料の調査・収集に従事した。こうした調査から、以下のような知見を得ることができた。 二〇世紀転換期の黒人実業家たちは、自らの経済活動が黒人コミュニティの富の蓄積に貢献するがゆえに黒人を「引き上げる」役割を果たしていることを誇っていた。またこうした富の蓄積を通じてアメリカ社会全体に資する存在であることを自任し、もって黒人の愛国主義を白人社会に向けて訴えることに執心していた。 しかしながら、こうした黒人実業家の愛国主義は国家・社会への貢献を強調するために、権利よりも義務を重視する言説を展開する傾向が強かった。この点を確認するために、黒人実業家たちはしばしば「インディアン」(アメリカ先住民)に否定的に言及する傾向があった。すなわち、連邦政府の保護を受けながら退廃するインディアンと自助努力によって向上する黒人の対比によって、黒人実業家は愛国的アメリカ市民にふさわしい存在としての自己表象を自他に認めさせようとしたといえる。また、南・東欧系移民の流入する時代にあって、「肌の色に関係ない」美徳や才能の尊重を呼びかける黒人実業家たちの能力主義的な言説は、しばしばネイティヴィズム(移民排斥主義)的色彩を帯びることになったのである。 ただし黒人リーダーが常に排外的傾向を持っていたとはいえない。とりわけ美容産業を中心とした黒人女性実業家は、経済的自立を背景にして政府の黒人政策を批判し、第一次世界大戦とその後の国際情勢の中で、非白人世界の植民地の独立や権利拡大を訴える活動を展開していたのである。
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