コオロギでは、これまでにフェロモン情報により闘争行動が惹起され、更にその行動に対する一酸化窒素-サイクリックGMP(NO-cGMP)系の修飾作用が既に知られていた。そして負けた個体が逃避行動を解発する際にもフェロモン情報が重要な役割を担うと考えられていた。昨年度、フェロモンを含む嗅覚情報処理の一次中枢である触角葉のニューロンの自発活動にNOが影響を及ぼすことは既に確認していた。 そこで、脳内微小構造の形態学的調査と細胞外誘導法を用いて脳内主要構成部位のひとつである触角葉からニューロンの活動を記録し、フェロモン刺激に対する応答、及びそれと同時にNO関連試薬を還流投与した際の応答の変化を解析した。 まず、レーザー共焦点顕微鏡観察像から得られた形態情報から触角葉の立体像構築を行い、触角葉内の微細構造を確認した。触角葉とその周辺の構造をもとに触角葉を4つの領域に区分し、領域ごとの揮発性体表物質(フェロモン)刺激に対する応答を調べた。この刺激に応答する領域は脳の中心線側にある二つの領域で、この領域では一過性の応答を示すユニットと持続性の応答を示すユニットが確認された。また、この領域ではこれらの応答に対するNOの修飾効果も確認された。NO供与剤NOR3投与時には、応答頻度が低下するユニットが存在し、また、NO消去剤投与時にはフェロモン刺激に対する応答が減少するユニットと増加するユニットが共存した。一方、フェロモンに応答しなかった側方領域ではこれらの明瞭な修飾効果はみられなかった。これらの結果から、触角葉に入力した情報は初期の段階でNOの修飾を受けていること、NO-cGMPシグナル系が、フェロモン情報処理の過程において、初期の入力段階で既に信号弁別の役割を担っていることが示唆された。
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