19世紀半ばのロシア帝国によるカフカス統治を、教育政策や文化政策に注目して研究を進め、十分な成果をあげることができた。研究の時代設定は、1845年から1855年までの10年間という、初代カフカス総督であったミハイル・セミョーノヴィッチ・ヴォロンツォフによる統治期間とした。主な史料はサンクトペテルブルグ国立図書館所蔵のロシア帝国法大全(PSZ)やカフカス委員会年代記(AKTY)を利用した。そして彼の強いリーダーシップにより支えられたカフカス諸政策を政治・経済・教育・文化などの様々な角度から分析して、これによりヴォロンッォフ総督時代にようやく、それまで幾多の失敗を繰り返したカフカス統治が安定化した過程を詳細に分析した。とりわけ、カフカス現地人官吏採用制度などの政治的枠組みや、カフカス商人層への利益保護という経済政策だけではなく、教育政策としてのギムナジア(中等教育機関)の設置やロシア語教育の拡充、そして文化政策としての公立図書館や西洋式劇場の設置、現地新聞の発行などに着目した。これらは、ロシア帝国がカフカス現地人を文化的に取り込む上で重要な役割を果たし、カフカス統治の安定化に多大な影響を与えたと考えられる。本年度の研究において、それが歴史学的に証明できた。これまでロシア帝国は、すべての帝国領に対して画一的・膨張的な政策が施行されていたという、きわめて一面的な解釈が主流であり、また研究される政策についても、政治や経済に関するものが中心であった。本研究はロシア帝国領カフカスでの文化的な諸政策に注目することで、単にカフカスという地域に限定されない、ロシア帝国全体の研究に新たな視座を導くものである。
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