本年度は、第一に、人びとの文化的行為を言説や表象レベルにおいてのみ分析する従来の文化研究の「反省」的試み、第二に、「都市」という空間範域のなかに人びとの生きられる経験を埋め戻していく作業を通じて、都市と文化との関係性を問うより実践的な方法と視座の獲得につとめてきた。とりわけ、本年度の研究成果は、(1)都市下位文化と都市空間の交錯、(2)都市的日常生活論、の2点にまとめることができる。 具体的には、第一に、初期シカゴ学派都市社会学の民族誌的手法という方法論的遺産を継承し、4年間にわたり継続してきた新宿駅付近路地裏の「溜まり場」に集まる下位文化集団のフィールドワークをもとに、70年代から80年代後半までの文化研究の蓄積にみられる、研究者の一方向的な意味解釈作業によって構想された下位文化の「抵抗論」、「逸脱行動論」、「非日常性論」を再検討した。その上で、フィールドワークによって得られた経験知から「都市下位文化の日常性」という認識論的視座の有効性を提起した。 そして、第二に、これまでの研究成果を相互連関させる視座として都市的日常生活論の検討をおこなった。そこでは、従来、学問的境界を設けてきた各研究蓄積の<連接点>を「現実の複雑さと人びとの生き様」にこだわりながら探求した。その上で、人びとの生きられる経験と都市の物質的空間との関係性に着眼した研究方法論に関する認識論を検討した。 これらの作業と並行して取り組んできた「佐久間ダム開発と地域社会」に関する共同研究においては、ある木材業者の半世紀の暮らしぶりを、40年間の生活記録と、聴き取りをもとにした「生の語り」から丹念に記述してきた。 上述の研究蓄積は、それぞれ編集本のひとつの章を担う形で出版されるにいたった。
|