クラスターの構造転移を出発点として、多チャンネル反応を記述するための化学反応論の構築を目標として研究を実施した。多成分系クラスターでは、近年、高速な混合過程や自発的な偏析過程が実験的に観測されていて注目を集めている。このような多成分系クラスターの構造転移は、多谷ポテンシャル上で起こる多チャンネル反応の典型例である。そこで、様々な粒子数・組成比で準備した二成分系クラスターの混合・偏析過程について計算機実験を行い、共通する一般的性質の抽出に取り組んだ。 混合や偏析に伴う二成分系クラスターの状態変化は、混合変数(各成分の混ざり具合を表す指標として導入した変数)で表される。混合変数を用いて整理すると、二成分系の混合・偏析の素過程は次の二種類に分けて考えられる。一つは、高いポテンシャルエネルギーをもつ状態から低いポテンシャルエネルギーを持つ状態に向かう反応過程であり、状態間のエネルギー差の大小が素過程を支配している。もう一つは、低い配置エントロピーを持つ状態から高い配置エントロピーを持つ状態に向かう反応過程であり、遷移可能な状態の状態数が素過程を支配している。二成分系の混合・偏析は、この二つの素過程のバランスで決定されると考えられる。各状態のポテンシャルエネルギーの大小は原子間相互作用に左右されるので、原子間相互作用の大きさと緩和過程の間には密接な関係がある。実際、緩和速度や緩和後の平衡状態は、原子間相互作用の大きさによって大きく異なっている。相互作用の大きさと混合変数の時間発展過について系統的な解析を行った結果、二成分系クラスターの混合・偏析について、ある程度普遍的な解釈が得られた。
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