本年度は、フェミニズム、社会福祉論、倫理学の言説における「ケア」概念の系譜を明らかにする作業をおこなった。働きかける行為や活動を意味する記述概念としての「ケア」と、受け手にとって望ましい働きかけを意味する規範概念としての「ケア」というケア概念がもつ二重性に着目し、労働に焦点をあてるフェミニズムの「ケア」論と、規範理論としての「ケア」論の議論の相違とその構図を明らかにした。具体的には日本の「ケア」論において高く評価されている「ケアの倫理」言説をとりあげ「ケアの倫理」言説を規範理論としての「ケア」論として位置づけたうえで、その問題点を考察した。この作業によって明らかになった知見は以下のとおりである。 キャロル・ギリガンによって女性の道徳として実証された「ケアの倫理」は、日本では「世話」のための倫理として受容され、「よいケア」のための個人的条件を問う議論に援用されている。しかしギリガンが用いたアイデンティティと道徳の発達段階という説明変数は、ある特殊な社会的条件を仮定しなければ、なぜ女性が他者をケアするにいたるのか説明できない。よってそれらの変数から導きだされた「ケアの倫理」概念を、「ケア労働」を支える社会的条件から切り離して一般化し、「よいケア」の条件と考える議論には、経験的な妥当性がないことを明らかにした。 以上の知見は、第77回日本社会学会大会において「『ケアの倫理』と『ケア労働』」として発表し、また論文の形にしたものを雑誌『ソシオロゴス』に投稿、掲載が決定している。
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