研究概要 |
乳清酸性タンパク質(WAP)は、乳汁中のタンパク質の一つであり、妊娠中期から泌乳中期において、乳腺胞上皮細胞に高発現する。WAPは立体構造がセリンプロテアーゼインヒビター様であることから、乳腺形成において何らかの生物学的機能を有していることが推察された。本研究では、WAPの乳腺及び乳癌における機能を調べるため、WAP過剰発現細胞株を樹立し、細胞レベルでの解析を行っている。昨年度までの研究により、WAPが乳腺上皮細胞特異的に細胞膜周辺に局在し、細胞増殖を抑制すること、さらに細胞膜周辺では、細胞外マトリックス(ECM)、特にラミニンの分解を制御することを明らかにした。そこで本年度は、ラミニンの分解に関して詳細な解析を進めると共に、細胞膜周辺でのWAPによるラミニン分解の抑制が細胞周期の遅延をひきおこすカスケードの解明も試みた。マウス乳腺上皮細胞株HC11-mock株とHC11-WAP株を培養した培養上清液を用いて、ラミニンを基質に種々のセリンプロテアーゼ活性を測定したところ、WAPは膵臓エラスターゼ型セリンプロテアーゼの活性を特異的に阻害することが明らかになった。しかし、乳腺において膵臓エラスターゼ活性は報告されていなかったことから、HC11細胞株の膵臓エラスターゼ活性を合成基質を用いて測定したところ、活性が確認され、WAP株はmock株よりも膵臓エラスターゼ活性が有意に減少していた。このことから、WAPが乳腺においてラミニンを分解する膵臓エラスターゼの活性を阻害することが示唆された。そこで、膵臓エラスターゼ型セリンプロテアーゼがラミニンを分解し、その後HC11の細胞周期を制御するのか否か、またそのカスケードをWAPが抑制しているのかどうかを調べた。HC11-mock,-WAP株に膵臓エラスターゼを添加すると、mock株ではERK1/2のリン酸化を伴い細胞増殖が促進するものの、一方WAP株ではERK1/2のリン酸化が誘起されず細胞増殖も促進されなかった。さらに、ERK1/2の上流因子としてEGF受容体の活性化が必要であること、WAP株にEGFを添加しEGFRを活性化させると細胞増殖抑制は解除されることも明らかになった。昨年度に引き続き、WAPを機能的抗癌剤として応用するべく乳癌細胞のヌードマウス内での造腫瘍能を検討したところ、血管新生因子の発現の減少を伴い、腫瘍の形成が有意に抑制された。以上の解析により、WAPの乳腺発達における分子作用メカニズムが明らかになり、機能性タンパク質としての応用が期待される。
|