研究概要 |
【背景】本研究の対象は砂浜に生息し,緑色の藻類と共生を行っている系統的位置不明の新規鞭毛虫で,微細構造に関する先行研究から,捕食性の無色鞭毛虫のカタブレファリス類と近縁であると予想されていた。しかし,カタブレファリス類には利用可能な培養株がなく,したがって分子系統図上での位置が全く不明であった。 (1)カタブレファリス類の培養・解析及びそれに基づく新門《カタブレファリス門》の設立 本年度はまず,これまで利用可能な株のなかったカタブレファリス類二種(新種を含む)の培葉株の確立に成功した。これらを用いて,分子配列決定(使用分子は18S rDNAとbeta tubulin遺伝子)と系統解析を世界で初めて行った。これによりカタブレファリス類は光合成を行う単細胞藻類のクリプト植物門と姉妹関係にあることがわかった。ただし,両者には微細構造的に門以上の高次分類群のレベルで異なる生物であることが明らかであるので,新たにカタブレファリス門を設立した。新門の記載はProtist誌にて印刷中である。 (2)新規鞭毛虫の系統的位置の確定 新たに得られた分子データとともに新規鞭毛虫の系統解析を行ったところ,本生物はカタブレファリス類に属することが明らかになった。これは,現在までに得られている微細構造のデータと矛盾しない。ただし,本生物は,形態的に既存のカタブレファリス類の属に当てはまらないため,新属・新種として記載準備中である。 (3)葉緑体獲得の途中段階としての《半藻半獣》の生活環の提唱 本生物の行う細胞内共生は,微細構造等から葉緑体獲得の途中段階に位置づけられるが,そのような例は一部の渦鞭毛藻でしかこれまで報告がない。今回,本生物がカタブレファリス類と確定したことは,共生による葉緑体獲得が想定より広く存在しうることを示唆しており,植物の進化を理解する上で極めて重要である。 更に興味深いことに,カタブレファリス類に一般的な捕食装置を,本生物では共生藻のない細胞のみが持ち,共生藻を持つ細胞は持たない。つまり,共生によって本生物の微細構造は大きく変化する。そもそも本生物では共生体を持つ細胞(捕食装置なし)は細胞分裂の際,片方の娘細胞しか共生藻を受け継がず,他方は共生体を失い無色になる。しかし,天然で無色の細胞の占める割合は非常に低いため,この無色の細胞は細胞分裂後,恐らく捕食装置を新生し,新たな共生藻を取り込むと考えられる。本生物は,いわば植物的生き方と動物的生き方を行き来している《半藻半獣》の状態にあるといえる。これは葉緑体獲得における新たな途中段階の提唱で,非常に意義深い。
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