我々が空間内で動いている視標を眼で追いかけているとき、背景で静止している物体の網膜像は眼球の動きと反対方向に動く。しかし我々は、その物体が空間内で静止していることを正しく知覚することができる。このことから、脳は、眼球運動によってもたらされる網膜像の動きから、空間内で実際に起きている動きを再構築して知覚するメカニズムを有していると考えられる。我々は、視覚世界が脳内でどのように再構成されるかを明らかにすることを目的とし、眼球運動課題を遂行中のサルのMT野(middle temporal area)およびMST野(medial superior temporal area)から単一ニューロン活動を記録した。眼球運動課題には、固視、記録したニューロンの適刺激方向またはその反対方向への追跡眼球運動(20deg/s)を用いた。固視中と追跡眼球運動遂行中とで全く同様の網膜像の動きを生じさせ、網膜像の動きに対するMTニューロンおよびMSTニューロンの応答を解析した。その結果、MTニューロンの多くは、眼球運動の違いに関らず常に網膜座標上の刺激速度に応答した。一方、MSTニューロンでは、網膜上で適刺激方向への動きがない条件でも応答する、または網膜像が適刺激方向に動いていても、スクリーン上で動いていない場合には応答しないものが多く存在した。すなわち、MSTニューロンは網膜座標上の像の動きではなく、絶対空間内での視覚刺激の速度に応答することが明らかとなった。これまでの研究から、MT野からMST野へは直接の投射があることが知られている。したがって、本研究により、網膜座標から絶対空間座標への座標変換は、MT野からMST野への情報伝達の間に起こっている可能性が示唆された。
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