研究分担者 |
章 瑩 新疆社会科学院, 副研究員
阿吉 努尓阿吉 新疆社会科学院, 副研究員
森川 哲雄 九州大学大学院, 比較社会文化研究科, 教授 (50101275)
松田 俊道 中央大学, 文学部, 講師 (20276687)
細谷 良夫 東北学院大学, 教養学部, 教授 (50042164)
新免 康 東京外国語大学, AA研究所, 助教授 (10235781)
小松 久男 東京大学大学院, 人文社会系研究科, 助教授 (30138622)
楠木 賢道 筑波大学, 歴史人類学系, 講師 (50234430)
ZHANG Ying Researcher, Xinjiang Akademy of Social Sciences
HAJI Nur Haji Researcher, Xinjiang Akademy of Social Sciences
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研究概要 |
本研究でいう中央ユーラシアとは,乾燥内陸アジアを中心とし,それに中国東北部を加えた地域をいう。 この地域の住民は,現在の中国領域内でいえば,固有の特色をもった三地域すなわち東北地区・内蒙古自治区・新疆ウイグル自治区という行政区間のもとに、また旧ソ連領中央アジア地域でいえば,1991年から独立したウズベキスタン・カザフスタン・キルギズスタン・タジキスタン・トゥルクメニスタンという5カ国のもとに,それなりの帰属意識をもって暮らしている。しかし,それぞれの地域はいずれも多民族社会である。それぞれの住民のもつ「国家」への帰属意識と,「民族」や「歴史的伝統文化」および「宗教」への帰属意識ないし現状認識とは,共有される場合もあるし,矛盾する場合もある。こうした現状の中で,生活の具体的場面に視点を置きつつ,それぞれの地域・国家における「文化基層」の実態について調査研究をおこなった結果,さしあたって以下に述べるような分析成果と総合的知見を得た。 【民族意識と国家意識について】トルコ系住民が今や政治面でも主流をしめるウズベキスタンなどにおいては,政府機関および知識人の間で新生国家としての自覚が高まる現象の中で,民族の歴史文化遺産の保護や再認識がすすみ,旧ロシア帝国やソ連などへの反発が強調されたり,新たな中央アジア統合へむけてかつてのティム-ル帝国の歴史的意義がとりあげられたりしている。しかし,そのような動きは,中央アジア諸国が歩調をあわせているわけではなく,一国内の民族問題もまさに現在進行形である。新疆ウイグル自治区の同系民族との連関は今のところ薄く,中国「国家」の枠組みの存在感は大きい。このことは中国内の諸少数民族の中でも同様であり,かれらは絶対多数の漢族を強く意識せざるをえず,少数民族地域への漢族流入は文化的な漢化現象を表出させている。このことは,メンタリティの面で,また地域の自然資源をめぐって,新たな民族意識の形成を促すことも予測されるであろう。 【宗教意識について】ウズベキスタン独立後の情勢はイスラーム復興への関心を高めさせている。いわゆる「原理主義」派の日常宗教活動や,一般民衆レベルにおける聖者廟参詣などの活動も含め,歴史的に深い文化基層をなすイスラームの社会的影響は息づいている。この点,基本的な態様は新疆においても同様に指摘できるが,新疆の場合,宗教活動はかなり個人レベルに限定される側面が強く,それも民族や生業形態によって差異がみられる。回族のイスラーム日常活動は独自性を強調する傾向があり,最近の改革・開放政策の結果,ある程度自由度が増したアホンなどの教育と移動は,あらたなイスラーム活動の原点を形成しつつあるように見受けられる。一方、中国におけるチベット仏教・仏教・儒教・道教,とりわけ後三者は純粋な宗教的活動現象よりもむしろ民衆の新たな現世利益追究と文化保護政策とに基づく復興という要素が注目される。以上の諸現象には,それぞれ民族意識が付随する側面もある。 【史跡・文献について】新生国家であるウズベキスタン・カザフスタンと,「大領域国家」かつ「多民族国家」でありつづけようとする中国とでは,その基本的イデアにニュアンスの差異があるとしても,各々の歴史的文化遺跡や,遺産としての文献の発掘・保護・研究については盛んなものがある。調査にあたっても数多くの新知見の集積成果を得たが,しかし,どこを見ても現状の経済状況の発展に社会全体の意識が集中しているため,体勢向上を保証する財政的裏づけは決定的に不足している。 【総括】遊牧・農耕都市・流通経済など,住民の生業に関する比較調査からも確認された中央ユーラシアの基本的な生業要素は,歴史上の流れに沿うものである。しかし,人口増加を伴う都市化の進展と,その農村・牧畜区への影響は無視できない。また,内陸部における国際経済流通は,公のもの以外に私的貿易を核として,人の移動を伴いながら非常に活発化している。この二つの大きな変容は,上記のイスラームをはじめとする宗教・民族の意識とあいまって,中央ユーラシアの住民を活性化すると同時に,従来にもまして多極的な中央ユーラシア像を予測させるものである。
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