研究分担者 |
岸 秀子 慶應義塾大学, 理工学部, 助手 (70051448)
中村 優 東京都立アイソトープ総合研究所, 研究員
西川 雅高 国立環境研究所, 化学環境部, 研究員
土器屋 由紀子 気象大学校, 教授
鶴田 治雄 農業環境技術研究所, 影響調査研究室, 主任研究員
向井 人史 国立環境研究所, 化学環境部, 主任研究員
宇都宮 陽二朗 国立環境研究所, 水土壌圏環境部, 主任研究員
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研究概要 |
1991年2月末中東湾岸戦争終了後、クウェートの油井火災により発生した膨大な硫黄酸化物、窒素酸化物、スス等の大気汚染物質は、風により輸送され、大気汚染は、クウェートにとどまらず、ペルシャ湾、イラン、更にインドへと拡大する事が予想された。幸いにも、油井火災は1991年11月に鎮火されたが、大気汚染による湾岸地域の環境への影響は計り知れない。そこで、本研究グループは、日本の海運業界の協力を得て、油井が炎上していた1991年8月にタンカーを利用してペルシャ湾において大気汚染の実態調査を行なってきた。 具体的には、原油タンカー“ジャパンバイオレット"に観測機材を積み込み、1991年8月17日〜29日のペルシャ湾の航海中に大気汚染の実態調査を行った。SO_2の捕集には、Na_2CO_3含浸フィルターを使用し、ロ-ボリュウムエアサンプラーにより、2時間毎に大気試料を採取した。又、HC1・HNO_3の酸性ガスの測定は拡散スクラバーとイオンクロマトグラフ(横河アナリティカルシステムズ社製 Model IC-7000P)とを組み合わせた自動連続測定装置で、1時間毎に大気濃度を測定した。一方、大気粉塵の捕集には石英繊維フィルター(Palfllex 2500QAT-UP)を用い、ハイボリュウムエアサンプラー(紀本工業社製 Model-120)を使用して24時間毎に大気試料を採取した。採取した大気試料(Na_2CO_3含浸フィルター、石英繊維フィルター)は蒸留水で抽出・濾過後、イオンクロマトグラフにより試料溶液中の化学イオン種(C1^-,NO_3^-,SO_4^<2->,Na^+,NH_4^+,K^+)の分析を行った。試料溶液中のCa^<2+>,Mg^<2+>については原子吸光測定装置により分析した。 その結果、8月18日午後ジュベルダーナへ向かう際に、20.6ppbと言った高濃度のSO_2を測定したが、ペルシャ湾における大気中のSO_2濃度の平均値は3.2ppb(試料数71)とであった。他の沿岸海洋地域と比較してSO_2濃度が特に高いレベルではなく、SO_2に関して言えば、油井火災によるペルシャ湾への影響はそれほど大きいとは言えなかった。一方、大気汚染の代表的な物質である大気粉塵中の非海塩性硫酸塩及び硝酸塩の大気濃度は、平均値で、それぞれ、10.5μg/m^3(試料数13)、3.7μg/m^3(試料数13)となった。この大気濃度は陸上の大気汚染地域の濃度レベルに相当し、海洋大気における濃度としては非常に高い結果となった。これは、クウェートの油井火災により多量に放出されたSO_2やNOxが、ペルシャ湾へ拡散され輸送移動する過程において酸化され非海塩性硫酸塩及び硝酸塩へ粒子化した事が推測され、油井火災による大気汚染の影響を示唆するものである。しかしながら、周囲を砂漠で囲まれたペルシャ湾においては、大気中の砂塵濃度が高く、大気中で酸化生成された硫酸・硝酸は砂塵に付着する可能性が高い。そして、砂漠の砂塵には石灰化作用によりカルシュウムを5〜6%と多量に含んでおり、大気中の硫酸・硝酸はこのカルシュウムと反応し中和されている事が考えられる。そこで、ペルシャ湾における大気中の非海塩性硫酸塩濃度とそのカウンター陽イオン濃度(H^+,NH_4^+,nnsCa^<2+>)とを比較した結果、SO_2から酸化し生成した硫酸はカルシュウムによりほとんど中和されていた。従って、ペルシャ湾で採取した大気粉塵の酸性度はそれほど高い値ではなく、クウェートの油井火災により大気中に放出された酸性物質によるペルシャ湾の環境大気へ及ぼす影響は、砂漠からの砂塵によって幸いな事に少なかったのではないかと言える。 本研究は、1991年8月に行った上記の大気調査結果を踏まえて、油井火災鎮火後の平成5年度にペルシャ湾において大気調査を再び行い、湾岸戦争時に起きた油井火災による大気汚染の実態とその後の環境へ及ぼす影響について明らかする事を研究目的とする。平成5年度の大気調査は、平成6年2月大阪・堺港において、観測器材をタンカーの観測室に設置後日本を出港し、平成6年3月にペルシャ湾においてタンカーの航路上で海洋大気中の大気汚染物質の濃度を測定した。本調査結果の解析を基にして、今後は油井火災による大気汚染の実態と環境影響について多くの知見が得られる事が期待される。
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