研究課題
国際学術研究
本年度は、6月に岩槻がフランス・パリ自然史博物館を訪問して所蔵標本にもとづくインドシナ植物相の解析を行った。また、12月-1月に岩槻、村上、横山潤(研究協力者)がベトナム、ラオスおよびタイに赴き、現地のChamlong Phengklai(タイ)、B.Svengsukusa(ラオス)、Nguyen Nghia Thin(ベトナム)らと協力して植物標本及び試料を採集し、植物調査を行った。本年度は特にベトナム北部で数多くの成果を上げることができた。この地域は日本や中国における植物の種分化を考える上で重要であるにもかかわらず十分な調査が行われてこなかったため、今回の調査で得られた知見はこれらの地域の植物の多様性の理解に大きく貢献するものである。たとえば被子植物では、この時期に好適な試料が得られるクワ科、サトイモ科、アカネ科、ツバキ科、キク科などを中心に調査を行った。大部分の試料は現在詳細な検討を進めている最中であるが、すでに明らかになった知見のうち特筆すべきものを以下に挙げる。テンナンショウ属(サトイモ科)は昨年得られた低地産の2種に加え、今回新たに山地生の2種を得ることができた。そのうちの1種は特異な形態的特徴を示し新種であると考えられる。この種は中国側にも類似するものがなく、テンナンショウ属の種分化を考える上でも重要な発見である。「黄色のツバキ」として著名なツバキ属キンカチャ節(ツバキ科)は中国-ベトナム国境付近に数種が分布し、中国では詳細な研究がなされているがベトナム国内では十分な知見は得られていなかった。昨年度の調査でベトナム北部の低山帯に1種分布することが明らかになったが、今回さらに山地帯にも別の種が分布していることがわかった。生品を育成中であり、これを用いて中国の種との詳細な比較研究が行えるものと期待している。シダ植物では、ホウビシダ類とオオタニワタリ類で興味深い知見が得られた。ヤクシマホウビシダは常に水しぶきの当たるいわば半水生の生育環境に生え、この環境に適応して葉が細胞層2層にまで薄くなり、細胞間隙も完全に消失した特殊な種である。これは、ヒマラヤから中国西南部、タイ北部、ベトナム北部から、台湾、日本にまで広い範囲に点在するように分布している。ところが、中国西南部とタイ北部には、このヤクシマホウビシダと外部形態が非常に良く似ているものの、水とは無関係の生育環境に生え、葉も細胞3層以上あり、細胞間隙も発達するもの(ヤクシマホウビシダモドキ、仮称)も存在し、時にヤクシマホウビシダと混在している。今回ベトナムで採集したヤクシマホウビシダを含むヤクシマホウビシダ複合体については、持ち帰ったDNAをもとにrbcL遺伝子の塩基配列を決定した。そして、分子系統樹を作成してみた結果、細胞間隙のない細胞2層の葉をもつ、いわゆるヤクシマホウビシダは、ベトナム、中国、タイ、日本と採集した場所を問わず単系統群となった。このことは、進化の過程でヤクシマホウビシダがヤクシマホウビシダモドキ群から何回も生じたのではなく、1回だけ生じたことを示している。一方、ヤクシマホウビシダモドキについては、少なくともrbcLの塩基配列が5-6個異なる2つの種が存在するらしいこともわかった。一方、オオタニワタリ類は、たとえばシマオオタニワタリ(Asplenium nidus)という一つの種がアジア全体に広く分布していることになっているなど、種の認識には問題があることが容易に予想できる群である。その理由としては外部形態が単純で、種の識別に使えるような形質があまりないことがあげられる。今回我々は、特にこのオオタニワタリ群に注意を払い、合計5カ所でこの植物材料を採集すると共に外部形態も詳しく観察した。その結果、根茎の形、胞子嚢群の長さ、葉の長さと幅の比、葉の中肋にキ-ルある・なしなど様々な形態的変異も観察された。同時に、持ち帰ったDNAに基づく分子系統学的解析も現在行っているところである。今後も、ヤクシマホウビシダ群、オオタニワタリ群などについて詳しい比較研究を続けていくことで、適応的な形質(ヤクシマホウビシダ類の場合は薄い葉)の遺伝的な背景や種分化の機構といった今後の進化生物学にとって重要と考えられる問題にアプローチできる可能性がある。
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