研究分担者 |
CRAWFORD D.J オハイオ州立大学, 植物学部, 教授
OYAMA Ken メキシコ国立自治大学, 生態学センター, 準教授
村上 哲明 東京大学, 理学部, 助手 (60192770)
副島 顕子 大阪府立大学, 総合科学部, 助手 (00244674)
渡辺 邦秋 神戸大学, 理学部, 教授 (80031376)
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研究概要 |
有性生殖は病原体の進化に対抗する上で有利であるという、いわゆる「赤の女王仮説」によれば、無性生殖生物は種多様性が高く、生物間相互作用が複雑な熱帯地域では少ないと予測される。一方、Yahara(1990)は無性生殖型は倍数体であることから競争的な環境で有利であり、有性生殖型は競争者が進入しにくいストレス環境で残存するという考えを提唱した。この考えによれば、熱帯であっても競争的な環境では無性生殖型が高頻度で出現するはずである。いずれの仮説が妥当かを検討する上では、熱帯地域における生殖システムの比較研究が重要である。しかし、熱帯地域に分布する生物について生殖システムを綿密に比較した研究はほとんど行われていない。われわれはキク科ステビア属、およびチャセンシダ科ホウビシダ属において、新大陸熱帯地域に分布する種に無性生殖が進化していることを見い出した。本研究では、これら2つの群の標本・生殖物資料をメキシコおよびベネズエラにおける野外調査で収集し、有性生殖型・無性生殖型の出現頻度と分布について調査した。 ステビア属についてはS.pilosa,S.eupatoriaで有性生殖型と無性生殖型を見い出した。S.perfoliata,S.aff.perfoliata,S.trifida,S.velutinellaの4種では有性生殖型のみ、S.serrata,S.iltisiana,S.hirsuta,S.jorullensis,S.suaveolens,S.tomentosa,S.incognita,S.caracasana,S.origanioides,S.aff.alatipes,S.aff.cordifolia,S.viscida,S.elatior,S.latifolia,S.strictaの15種では無性生殖型のみが見い出され、亜熱帯に位置するメキシコにおいてきわめて高い頻度で無性生殖型が出現していることが明らかになった。有性生殖型と無性生殖型の生育地を比較すると、(1)有性生殖型の分布域は無性生殖型のよりも限定されている、(2)有性生殖型は岩場、湿地などのストレス環境において、丈の高い競争種が進入しない場所に生育する、という傾向が顕著であった。この傾向は、Yahara(1990)が日本のカラムシ属、東アジアと北アメリカのヒヨドリバナ属について指摘した傾向と一致し、赤の女王仮説よりもYahara(1990)の有性生殖型ストレス環境残存説を支持する。 S.eupatoriaでは有性生殖型と無性生殖型が同所的に生育している場所を発見した。この場所では有性生殖型は湿地の中心部に生育し、より丈が低く、無性生殖型は湿地の周辺部に生育し、より丈た高かった。この事実も、有性生殖型はストレス耐性的、無性生殖型は競争的であるというYahara(1990)の考えを支持した。 ホウビシダ属については、有性生殖型と無性生殖型が知られているベネズエラ産のHymenoasplenium obtusifoliumについて、両者の分布を調査するとともに、両者の遺伝的変異量をアロザイムをマーカーとして比較した。有性生殖型はカラカスよりも東の低地多雨林に、無性生殖型はカラカスよりも西のより標高の高い場所の雲霧林に見られ、分布は重複しないことがわかった。しかし両者の生育環境の違いは顕著ではなく、病原体や競争のような生物的要因よりも温度などの物理的要因によってすみわけが生じている可能性が示唆された。 予備的な遺伝的変異の比較の結果、有性生殖型・無性生殖型の間で顕著な変異量の差は見い出せなかった。これはYahara et al.(1990)が北アメリカのセイタカヒヨドリについて見い出した結果と一致し、有性生殖型の有利さを遺伝的変異量で説明する説を支持しない。 以上の結果はいずれも「赤の女王仮説」を支持せず、むしろ有性生殖型が2倍体、無性生殖型が倍数体であることが、両者の基本的性質を決めているというYahara(1990)説を支持した。以上の結果は、当該年度に収集した資料にもとづく予備的な研究の成果であり、さらに詳細な研究は今後の課題である。海外調査としては、今後の研究に活用できる十分な資料が得られた点が最も大きな成果である。
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