研究課題
国際学術研究
熱帯・亜熱帯の珊瑚礁海域では、本来無毒な魚類が毒化してシガテラといわれる特異な食中毒を起こすことが知られている。その原因として海藻に付着したGambierdisucustoxicusなどの渦鞭毛藻が挙げられているが、今日まで毒の化学的・医学的側面が主に研究され、その原因藻に関わる生物学的側面についての研究が遅れていた。本研究では、原因藻G.toxicusの遺伝・生態学的研究を目的として、まずタヒチ島を中心として本藻発生の現地調査を行った。次に石灰紅藻Janiaに対するG.toxicusや細菌の付着様態やその相互関係を生理・生態学的に解析し、さらにG.toxicusの分子系統学的分類を行い以下のような研究成果を得た。(1)タヒチ島では毎年12月から1月にG.toxicusが多く発生しており、1993年と94年の12月にタヒチ島のHitiaa(北部)とPapara(南部)の2定点を中心に分布調査を行った。珊瑚礁先端に生息する海藻Janiaを群体ごと採取し、付着しているG.toxicusの全計数と付着様態の観察を行った。付着数は観測点によって差が大きく、HitiaaではJania乾重量1g当り両年とも10〜10^3細胞、Paparaでは93年には10^2〜10^5細胞、94年には10〜10^3細胞と差があり局所的な分布を示した。G.toxicusはJaniaに対して細胞先端を垂直にして付着したり、粘質物中に埋もれて間接的な付着をしていた。また本藻はJaniaに付着し続けているのではなく、群体中に生息する約90%の細胞は枝の周辺を遊泳しており、海水の錯乱に伴い遊泳を停止して付着することが明らかになった。一方Janiaの付着細菌群集の中には、G.toxicusの増殖を促進する種が存在し、その消長に影響を与える可能性が強く示唆された。(2)G.toxicusは付着性であるがJaniaが藻体外に生産する遊泳促進物質により遊泳を開始することがin vitro系で確認された。本遊泳活性は、リ-フフラットでJania群落と同様な場所に生育していた他の紅藻Galaxaura、Amphiroa、Corallinaや緑藻Halimedaにおいても認められたが、褐藻類やその他の藻類には本活性は認められなかった。従ってタヒチ諸島で主にJania群落中にG.toxicusが見られるのは、Janiaが珊瑚礁の中でかなり大きなturf状の群落を形成し、枝の間に遊泳できる多くの空間があることによると推察された。(3)揮発性有機イオウ化合物である硫化ジメチルは水圏から大気圏へのイオウ循環に重要な役割を果たしているとされており,一般に海産渦鞭毛藻は硫化ジメチルを比較的大量に生産すると報告されている。しかしながら、G.toxicusの培養液を分析した結果約4000ng/lの硫化ジメチルが存在し、他の渦鞭毛藻(Alexandrium、Gymnodinium、Prorocentrum)の約1/5から1/10程度であり、本種は渦鞭毛藻の中では生産量が少なかった。またタヒチ島周辺海域の海水中の硫化ジメチル量はいずれも200ng/l程度であり外洋海水中と大差なかった。(4)1属1種であるG.toxicusの渦鞭毛藻内での分子系統学的位置の検討と、海域等による種内での集団解析を目的として、タヒチ島および周辺海域より本藻を分離して培養系の確立を行った。次に分子系統分類に用いられる18SrRNA遺伝子解析のために、タヒチ島の異なった定点から分離して培養されたG.toxicusを用いてまず全DNAの抽出法を確立した。DNAの精製にはCTAB(セチルトリメチルアンモニウムブロミド)処理が効果的であった。本藻の精製DNAを鋳型として、真核生物のユニバーサルプライマーを用いて18SrDNA領域をPCR法にて遺伝子増幅を行い、ダイレクトシーケンスおよびクローニングにより全塩基配列を決定した。得られた塩基配列をもとに近隣結合法により他の渦鞭毛藻との分子系統学的関係を解析した結果、G.toxicusの両株がまずクラスターを形成し次いで麻痺性貝毒の原因藻のAlexandrium属とクラスターを形成することが明らかとなった。また種内における個体群識別の可能性を検討するために、異なった諸島で分離された本藻7株の5.8SrDNAおよび変異がより蓄積された内部スペーサー領域をPCR法により増幅し、制限酵素断片長多型解析を行った。その結果、本藻は種内に少なくとも3つの集団が存在することが示唆された。
すべて その他
すべて 文献書誌 (14件)