研究概要 |
声道内部の形状が変化した場合,種々の言語の母音および子音の音響的特性にどのような影響を与えるかを研究するため,今年度は幾つかの音響実験による解析と数値シミュレーションによる解析を行い,この二つの解析の比較によって考察を行った。まず,3次元声道形状を模擬する音響管を音圧駆動した場合の有限要素法(FEM)解析を行った。音響管の境界条件として,壁インピーダンスを人間の声道壁インピーダンスを模擬する値に設定し,また唇放射空間を球面波モデルで設定した。音響管の断面は,円形と楕円形状の二種について実験した。その結果,音響管の楕円断面が潰れていくほどフェルマント帯域幅が増加し,壁インピーダンスの変化を与えると,その影響は高次フォルマント程大きく影響される事が明らかとなった。同一断面内での音圧分布は,円形断面では殆ど変化していない事が得られた。口唇付近での音圧放射パターンは,横長の楕円開口形状にもかかわらず,垂直偏波として放射されている事が明らかとなった。また,矩形の音響管の数値解析から,4kh以上では高次モードの伝搬現象か見られ,音響実験の結果と比較して良い一致が見られた。上記の実験に基づき声道3次元形状を模擬した簡単な形状に対応する声道伝達関数を求めた。 口唇での放射インピーダンスは,口唇部分の開口形状に依存し,また声道伝達関数に影響を与えている重要なパラメータである。本研究では,フランス語の母音および摩擦子音の発声状態から求めた形状レプリカを石膏模型で造り,これを用いて放射インピーダンスを計測した。その結果により,物理形状の開口断面積と等価音響面積との関係を,一次の実験式で近似する場合の係数を求めた。この係数は,同様のカテゴリに属する日本語母音と日本語子音に対する係数に比べて,等価断面積を小さく近似する傾向が求められた。フランス語では,唇の突き出しなど日本語と異なる口唇形状を用いて調音する場合があるので,その影響を調べるため,二つのビデオカメラによる前方と側面からの計測により口唇部分の3次元形状を測定した。測定形状はビデオミキサ-を通し合成して録画し,録画画像の再生データを計算機に取り込み,動画像で処理して,開口形状のパラメータを求めた。3次元の開口形状は,8個のパラメータで記述可能なことと,各形状パラメータ間の相関値を明らかにした。 母音の声道伝達関数を声帯の外部からの機械的直接駆動と音響測定から求める方法により,種々の発声状態での伝達関数を求める事を試みた。無響室内で被験者の声道伝達関数を推定するため,まず計算機内で疑似白色ノイズを生成し、この信号で機械駆動装置を駆動した。駆動された声帯により,口唇部分から音響信号が放射されるが,この信号をコンデンサーマイクで測定し,駆動信号との相関関数を計算することにより,声道伝達関数を推定した。日本語5母音の声道伝達関数を測定により求め,検討した。この測定により,ピッチの高低により高次のフォルマントの推移があること,声帯の緊張状態とリラックス状態では伝達関数が異なることを明らかにした。従来,単母音の発音では,声道伝達関数は定常で変化しないものと考えられて来た。しかし,測定の結果では,ピッチが変化するとフォルマントが変化する事が明らかであり,日本語の様にピッチでアクセントをコントロールする場合には,同一母音でも声道伝達関数がピッチ周波数の変動に応じて変化していると予想できる。 また,同様な検定を分析法を変えて試みた。すなわち,優れた短区間分析法(フェイエールマッピング)を開発し,これにより声門閉鎖区間内の母音音声波形から精度よくフォルマントを抽出可能にし,伝達関数が調音状態により変化する事を確かめた。日本人,フランス人,英国人,およびスウェーデン人の被験者のピッチ周波数の変動する母音の音声波形から,開発した短区間分析法を用いて,声道伝達特性を推定した。その結果,ピッチの変動に同期したフォルマントの変動が明らかに生じている事が観測された。 声帯音源パラメータの変化による声質の変化を調べるため,スウェーデン語の子音母音連鎖の合成音を声道モデルに基づいたシミュレータを用いて合成し,声質の変化を評価した。声帯の形状と声帯を緊張させるパラメータが,スウェーデン語の声質を変化させるのに重要な役割を果たしていることを示した。本シミュレータを用いて,女性の声質を示す呼気音を含む合成音声を生成する実験を行った。
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