研究課題
国際学術研究
タンパク質は生体系の主要成分であるが、その分子構造は極めて複雑である。従って、簡単な分子構造を持つ高分子電解質との複合体形成を詳細に研究することは、生体系で起こる複雑な分子間相互作用を解明する為の有力な手掛かりとなる。さらに、高分子/タンパク質分子間の相互作用を制御して、特定のタンパク質を選択的に分離(targetting separation)したり、タンパク質の固定化・安定化(修飾法)を行なう為の、新たな高分子化学的技術の発展につながる。しかしながら、複合体の構造と形成機構に関しては今だに不明な点が多く、この問題を重点的に研究する必要性が指摘されている。本研究プロジクトは、高分子電解質/タンパク質系の複合体形成に関して、その構造と形成機構の解明を目的としており、それぞれの研究者が既に経験を持つ手法を用いて日米共同で実施する実験及び理論的研究である。具体的にには、(1)種々のpHとイオン強度下で濁度滴定法により複合体形成を検討した。(2)水可溶性の複合体が形成する条件下で、動的光散乱及び電気泳動光散乱実験を行ない、複合体の形状を明らかにした。さらに、実験結果を濁度滴定の結果と比較しながら、複合体の形成機構を議論した。(3)ライソザイム/高分子電解質複合体の溶菌活性を検討し、複合体の構造と関係ずけて議論した。(4)複合体形成反応を理論的に検討する為のモデルの構築を進めた。その結果、以下の結論が得られた。タンパク質と高分子電解質を含む水溶液を混合すると、最初に、一本のポリイオン鎖に多数のタンパク質分子がCoulomb力を媒介として結合した、分子内複合体(intra-molecular complex)が形成される。続いて、この分子内複合体が互いに会合して相分離を起こすが、その過程は二通りあり、塩無添加系又は塩濃度が低い場合は、無定形な凝集体(沈殿物)を作る。これに対して、比較的高い濃度の塩が添加された系では、コアセルベーションを起こすと考えられている。ここで、塩無添加系では、ポリイオンとタンパク質分子の反対電荷がそれぞれ1:1の塩結合(イオン対)を形成して、電気的に中性で、一定粒径を持った分子内複合体が生成する。しかし、タンパク質分子の電荷密度が低下し、一本のポリイオン鎖の電荷を中和するために極めて多数のタンパク質の結合が要求されると、タンパク質分子間の立体障害が働き、一定した粒径(従って、構造)の分子内複合体は生成しない。一方、塩添加系は、ポリイオンとタンパク質分子のいずれの電荷も対イオンによって遮蔽されている。この様な条件下での複合体形成は、タンパク質分子の極く僅かなイオン基がポリイオンと塩結合して起こる。従って、分子内複合体は全体として、タンパク質由来の電荷を有し、電気的に中性ではない。さらに、PPCの酵素活性の検討から、ポリイオンに結合した一部のタンパク質分子はコンフォメーション変化を起こして酵素活性を失うが、大部分の分子は活性を持つと考えられる。また、PPCはルーズな構造を有し、pH変化などで塩結合の一部が切断するが、これによって変化したコンフォメーションが回復し、再び活性が発現する。なお、PPCがルーズな構造をとることは、高分子基質に対してもかなりの活性を示す事実と、PPCと遊離酵素との間でミハエリス定数にほとんど差がないことからも支持された。しかし、疎水性の高いポリイオンに酵素分子を結合させると、疎水性基質との親和性が高まる。以上の成果は、既に、7編の論文(総説を含む)と1編の著書にまとめられているが、それ以外に3編の論文を投稿している。また、学会における研究発表は、日本国内で13件、国際会議で5件に達した。特に、第207回アメリカ化学会(1994年3月13〜18日、San Diego,California)に於ては、米国側の代表者であるDubin教授が高分子電解質/タンパク質系の複合体形成に関するシンポジウムを企画し、本研究プロジクトの研究者と各国の研究者(35名)が参加し、複合体形成の形成機構と応用技術に関して活発な討論が行われ、その成果は著書“Macromolecular Complexes in Chemistry and Biology(Springer-Verlag)"に取りまとめられた。
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