研究課題
国際学術研究
主要組織適合性抗原(Mhc)遺伝子は、脊椎動物の免疫系において自己と非自己の識別を決定する分子であり、その出現は脊椎動物の出現とほぼ同一の時期である。本国際学術研究では、(1)Mhc分子の起源と進化に関する遺伝解析と理論的研究を進めると共に、(2)Mhc分子の多様性を応用して人類進化の研究を進めた。(1)Mhc分子の起源と進化。Mhc遺伝子の単離は軟骨魚類以上では成功しているが、無がく類ではすべての試みが失敗に終わっている。このことは、Mhc分子の出現が脊椎動物の出現の初期段階で起こったことを示す。脊椎動物の免疫系の機序ではMhc分子が中心的な役割を果たしており、Mhc分子の出現なくしては免疫系の生物学的意味もありえないことから、免疫グロブリンやT細胞受容体分子も同時期に出現したと考えられる。このことは、後者の遺伝子に特異的なゲノムの再編成という分子機構が作り出されたものもカンブリア紀の頃であることを示す。脊椎動物の進化と免疫系の進化が同時に起こったことは、単なる偶然ではない。免疫系のように細胞クローンの存在が不可欠な系は、細胞数が増え体制が複雑化していることが必要である。無脊椎動物ではこの条件が満たされにくいことから、免疫系の進化的基礎が十分ではなかったことがうかがえる。そのため、種の存続という点からみると脊椎動物と無脊椎動物では全く相反する戦略をとることになった。脊椎動物の子産数が一般的には少ない事実は、免疫系による十分な固定防御の体制が整ってはじめて可能である。Mhc分子が、自己のタンパク質を結合しT細胞のレパートリーを決めることと、外来抗原のタンパク質をT細胞受容体分子に提示し免疫系の発動を促すことから、Mhc分子の変異には自然選択が作用しその異常な種内多様性の主因になっていることが明らかになった。Mhcの多様性の最大の特徴は、多数の変異遺伝子型が数百万年以上にもわたって共存してきたことであるが、この特徴も自然選択の作用から合理的に理解できる。本研究では、この自然選択の強度をDNA配列情報から推定した。推定値は格別大きなものではないが、進化的には重要となることを示した。また、このような強度の自然選択が有効に働くためには、種内の個体数に下限があり、それ以下ではMhcでさえも単型的になることの意味を述べた。絶滅の危機にある脊椎動物の保護を方策とするとき、Mhcの多用性は重要な分子マーカーとなる。この点は、今後更に研究を進めることにしている。Mhcに自然選択が作用する要因はパラサイトである。他に様々な要因が提唱されているがいずれも一般性がない。本研究では、Mhc分子とパラサイトの共進化という観点を明確にした。この結論は、新たな研究課題を提供している。ヒトのように地球全体で生活している種ではパラサイトの地域変異がある。従って、Mhc分子も地域文化をして進化したものか否かを明確にすること、またヒトのようにパラサイトノの恐怖がなくなったとき、Mhc分子は今後どのような進化を遂げ、それが人間の健康に将来いかなる影響を及ぼすかなどの問題である。(2)ヒトMhc(HLA)の地域文化と多様性。ヒトはアフリカで誕生して以来移動し続けてきた。HLAの地域文化は、地域ごとに異なるパラサイトに伴う自然選択とヒトの移動経路を反映したものである。逆に、現存のHLAの文化様式からヒトの過去の移動経路を採ることができる。本研究では、この目的のため一つの新しい視点を述べた。これは、遺伝的は組換え率の相異がヒトの移動時期と相関していることに基づく。例えば、複数のHLA遺伝子座からなるHLAのハプロタイプでは組換え率が高いはずであり、現在の特定のハプロタイプの地理的分布は最近のヒトの移動と関係している。逆に組換え率の低いハプロタイプの分布は、古い過去の移動と対応している。このことを利用して、いつどのような経路でヒトの移動があったのかを探究した。最後に、Mhcのデータを解析するのに有効な理論は、植物の自家不和合性遺伝子の進化を理解する上でも有効である。自家不和合性は、自殖を防ぐ分子機構であり、その出現は顕花植物の進化と関連が深い。この点での共同研究も一つの成果である。
すべて その他
すべて 文献書誌 (20件)