研究課題
国際学術研究
本年度も、ロンドンのWaterfield教授の研究室ならびにバスのHolman教授の研究室と活発な共同研究が行われた。PI 3-キナーゼは、adaptor subunitである85kDaサブユニット(p85)とcatalytic subunitである110kDaサブユニット(p110)よりなる。我々はWaterfield教授との共同研究により、両サブユニット間の結合部位を同定し、p85上のp110の結合部位を欠失した変異p85(Δp85)を作製した。このΔp85をインスリン受容体を発現したchinese hamster ovary細胞(CHO-IR細胞)に大量に発現し、そのようなstable cell line(CHO-IR/Δp85細胞)を得た。このCHO-IR/Δp85細胞では、IRS-1上のp85結合部位がΔp85で占拠され、Δp85はp110と結合しえないため、IRS-1にはPI 3-キナーゼ活性が結合しえず、インスリンによるPI 3-キナーゼの活性化が認められないことが確かめられた。この細胞でインスリン作用を検討した所、インスリンによるrasの活性化は正常に認められるが、インスリンによる膜ラッフリングの形成ならびに糖輸送の活性化は認められないことを見い出した。このことは、インスリン作用の中で、少くともその膜ラッフリング形成と糖輸送の活性化にはPI 3-キナーゼが関与していることを示唆している。最近、ワ-トマニンがPI 3-キナーゼの阻害剤であることが明らかにされてきた。我々は、Holman教授との共同研究により、ワ-トマニンが3T3-L1脂肪細胞においてインスリンによる糖輸送担体のtranslocationを阻害することを見い出した。一方、インスリンの他の作用、すなわちp70 S6キナーゼならびにグリコーゲン合成酵素のインスリンによる活性化はワ-トマニンによって阻害されることを見い出した。しかしながら、CHO-IR/Δp85細胞ではインスリンによるp70 S6キナーゼの活性化ならびにグリコーゲン合成酵素の活性化は正常であった。この成績は、ワ-トマニンの特異性が必ずしも明らかでない点を考慮すると、P1 3-キナーゼがp70 S6キナーゼやグリコーゲン合成酵素の上流にあることを示唆しておらず、ワ-トマニンに対して感受性のある別の蛋白質が、これらのインスリン作用の伝達に関与していることを示唆している。インスリン受容体によってチロシン燐酸化されたIRS-1にはP1 3-キナーゼのP85以外にもいくつかの蛋白が結合するが、そのひとつにNckと呼ばれるSH2ドメインならびにSH3ドメインを持つ蛋白がある。NckはそのSH2ドメインを介してIRS-1に結合するが、SH3ドメインがどのような蛋白と結合するか不明であった。そこで我々はNckのSH3ドメインに結合する蛋白を純化精製した。これらの蛋白は、SDS-PAGE上、分子量116kDaと130kDaと想定された。これらの蛋白のアミノ酸配列をWaterfield教授の研究室で決定し、その配列をもとにこれらの蛋白のcDNAをクローニングした。現在、より詳しい解析を行っている所である。また、我々はインスリン受容体によってチロシン燐酸化される蛋白であるShcに結合する蛋白も純化、精製したがこの蛋白のアミノ酸配列もWaterfield教授の研究室で明らかにされた。Holman教授との共同研究は、糖輸送担体の構造機能相関に加えて、インスリンによる糖輸送活性化の機構についてまで拡大しつつある。3T3-L1脂肪細胞において、ワ-トマニンが糖輸送担体のtranslocationを阻害することを共同研究で見い出したのは既に述べた通りであるが、この成績をさらに発展させ、ワ-トマニンが糖輸送担体のexocytosis、endocytosisのいずれに効果を持っているかを共同で研究した。その結果、インスリンは糖輸送担体のexocytosisを促進して糖輸送の活性化を生じているが、我々の成績は、ワ-トマニンはこのexocytosisの促進を阻害していることを示唆した。さらに、Holman教授の研究室では糖輸送活性に大きな影響を与えず3T3-L1脂肪細胞に小さな穴をあけた透過細胞を作ることに成功した。この細胞は、インスリンによる糖輸送活性化機構を解析するのに非常に有用であり、現在何種類かの蛋白についてそれらのインスリン作用における役割について解析中である。
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